最終話 旅立ち

「ユート! おはようさん! 寝坊助やなぁ」

「うわっ? アンバーさん⁉」


 ぐっすり寝ていたところをアンバーさんに叩き起こされた。窓から外を見てみるとかなり日が高くなってしまっている。


 どうやら盛大に寝坊してしまったようだ。


「せや。ウチやで。起きたんなら、はよ出発の準備をしぃや。必要な家財道具を積み込みや」

「え? え?」

「どないしたん? 行くんやろ?」


 寝ぼけていて頭が上手く回っていないのだが、これはもしかして荷造りを要求されているのか?


「ユートさん。どれを積み込みましょうか? 持っていくものをご指示ください」


 ガチムチな御者三人組が整列して俺の指示を待っている。


「……ええと、もしかして今日出発ですか?」

「せやで! 昨日の書類に書いてあったやろ?」

「ええっ⁉」

「なんや、見とらんかったんか?」

「は、はい」

「まずいんか?」

「いえ、ちょっとびっくりして……」


 そう言葉を濁した俺の顔をアンバーさんがじっと見つめてきた。ベッドに座っているせいでたわわな頂を真っすぐに見上げる格好となり、目のやり場に困った俺は慌てて視線を逸らす。


「そういやユート、カワイイあの娘はどうしたんや? ジェシカちゃん、やったっけか?」

「それは……やっぱり連れていくのは違うと思いまして……」

「ほーん。もしかしてそのジェシカちゃんのほうから背中押されたり――」

「えっ? どうしてそれを?」

「え? あはははは。まさか当たっとるんか? ユート、ホンマにヘタレやなぁ」

「あ……」


 完全にあてずっぽうで言われただけだったらしい。しかしここまで完璧に言い当てるだなんて、もしかしてアンバーさんはエスパーか何かだろうか?


「まあええ。そういうことなら好都合や。さっさと荷物をまとめて出発するで?」

「は、はい」」

「ほな、はよ準備しぃや」

 こうして俺は大慌てで荷物の積み込みをすることになったのだった。


◆◇◆


「ユート! 元気でやれよ!」

「ユートさん、お元気で」

「ううっ。ユートぉ……」

「ユートさん、しっかりね」


 ロドニー一家のみんなが勢揃いで俺を送り出してくれる。アニーちゃんは少しぐずっているが、それでも大泣きはせずにブレンダさんと繋いだ手をぎゅっと握っている。


「ありがとう。その、また遊びに来るよ」

「やくそくだよ?」

「うん、アニーちゃん。約束だよ」


 笑顔でそう答え、アニーちゃんの頭を優しく撫でた。


「それじゃあ、また!」


 俺はそそくさと馬車に乗り込んだ。あまりこうしていると寂しさに負け、別れるのが辛くなってしまう。


 そして馬車から身を乗り出して大きく手を振ると、ロドニーたちも大きく手を振り返してくれた。


「出発するで?」

「はい」


 俺の返事を合図に馬車が動き出し、昼下がりの村をゆっくりと進んでいく。


「ユート、ありがとう」

「がんばれよ」

「ありがとうございます。頑張ります」


 さながらパレードのように村のみんなへ挨拶をしながら馬車は門へと向かっていく。


 途中で村長とタークリーの姿が目に入ったが、特に呼び止められたりすることもなければ声をかけられることもなかった。


 村長はもう俺になど興味がないようで、一瞥しただけでそのまま自宅へと歩いていった。一方のタークリーは忌々し気にこちらをにらんでいたが、それは俺に対するものなのか商売敵であるアンバーさんに対してのものなのかは分からない。


 そうこうしているうちに村を出て、森へと続く道を進んでいく。

 

 もう振り返ってもガスター開拓村の姿を確認することはできない。そのことに一抹の寂しさを覚えつつも、新生活への期待が膨らんでいく。


 まずは家探しと、それから仕事ができる場所を見つけなくちゃ。


 こうして俺は七か月ほど過ごしたガスター開拓村を後にし、隣国クオリア王国を目指すのだった。


◆◇◆



 ユートたちがガスター開拓村から旅立つ少し前、サルデリア王国の王城にある国王の執務室では国王とローズマリーが難しい顔をしていた。


「お父さま……」

「うむ。まさかロックハートの連中が目をつけるとは……」

「……始末いたしますか?」

「下手をすればクオリアと事を構えることになるのじゃぞ?」

「ですが、秘密を知っている者を他国に渡すわけには……」

「じゃが、戦争をするわけにはいかぬ」


 国王のその言葉にローズマリーはすっと目を細めると、少しの間虚空を見つめる。


「お父さま、ここはわたくしにお任せください」


 ローズマリーはそう言って国王の顔をじっと見つめた。国王もそんなローズマリーの顔をじっと見つめている。


 さすがは親子といったところか。双方ともに感情をまるで感じさせない氷のような冷たい瞳でお互いを見つめている。


 それからしばらくして、国王はふぅっと大きく息を吐いた。


「……よかろう。上手くやるのじゃぞ」

「はい」


 そう返事をしたローズマリーは執務室を後にし、廊下を颯爽さっそうと歩いていく。


 しかしそんな彼女の顔には、まるで凍り付くのではないかと思うほどに恐ろしくも冷たい笑みが浮かんでいたのだった。


================

次回更新は 2022/07/24 (日) 12:00 で、あとがきを投稿いたします。


なお書籍版の続刊が決まった場合はここまでを第一章とし、第二巻分は第二章としてこのまま追加してまります。

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