第37話 襲撃、再び(1)

柵に沿って十分ほど歩いていると、柵の下のほうに子供がギリギリ通れそうなほどの小さな穴が空いているのを見つけた。


「ここ……じゃないよね?」

「はい」


 だが、誰かが出入りしているような形跡がある。


 イノシシか何かが侵入した跡だろうか?


 いや、それならもっと大騒ぎになっているはずだ。


 とすると、もしかしたら子供が村を抜け出すときにでも使っていたりするのか?


 ……まあ、今はどうでもいい。


 この穴を通ることは難しそうだが……あ、待てよ?


 俺は今、ボスの男が使っていた剣を持っている。これで少し穴を広げてやれば大人でも通れるようになるのではないだろうか?


「ちょっと待っててね」


 俺はすぐさま穴の周囲の木に剣を突き立てた。


 すると柵はどうやら腐っていたようで、いとも簡単にぼろりと壊れてしまった。


 ラッキーといえばラッキーだが、これでは盗賊の侵入を許すわけだ。


 大事な村の守りをおろそかにしている村長に憤りを覚えつつもザクザクと柵を壊し、やがて大人でも通れそうなサイズまで穴を広げた。


「さあ、三人とも早くここから」

「はい」


 そうして三人が柵の中に入ったのを確認すると、俺も続いて中に入る。


「ジェシカちゃん。こういうときって、女の人はどこに集まることになってるの?」

「男の人は戦いますけど、女の人は家にいるか、教会に集まることになってます」


 教会か。そういえば村長の家の前に建っていたような気もするが、俺は一度も行ったことがない。


「そっか。じゃあまずは教会に行ってみよう」

「はい」


 そうして俺たちは大きく空いた穴を周囲の枯れ草で多少カモフラージュし、教会へと向かったのだった。


◆◇◆


「エラ!」

「ドリー!」


 教会には避難していたエラちゃんとドリーちゃんの母親がおり、二人の姿を見つけるなりものすごいスピードで駆け寄り、抱き合って再会を喜んでいる。


 周りの女性たちも安堵あんどしている様子だ。


 きっと三人が誘拐されたことで村中はかなり大騒ぎになっていたのだろう。


 しかしそんな安堵する女性たちの中にブレンダさんの姿はない。どうやらブレンダさんはアニーちゃんと自宅に残っているようだ。


「ジェシカちゃん、家に行こうか」

「はい」


 二人の様子を羨ましそうに見ていたジェシカちゃんにそう声をかけ、教会を出ようとしたところで呼び止められた。


「ユートさん!」

「はい」


 俺が振り返ると、先ほどまで抱き合って再会を喜んでいた二組の親子がそろって俺のほうへとやってきた。


「ユートさん。エラを無事に帰してくれて、ありがとうございました」

「娘を助けてくれて本当にありがとうございます!」


 二人の母親は心底ホッとした様子でお礼を言ってくる。


「いえ。たまたま運が良かっただけです」

「ですが」

「これからジェシカちゃんを送り届けたら、戦わないといけません」

「ユートさん……」


 心配そうにしている彼女たちを見ていて伝えなければいけない大事なことを思い出した。


「あ、そうだ! それから、戸締りをしっかりするのと、それから火災に備えてください」

「え? 火災ですか?」

「はい。盗賊の別働隊が侵入している可能性があります」

「えっ!?」


 その言葉に教会内は緊張が走る。


「今のところはまだ見つかっていませんが、奴らのアジトで見た人数と門の前にいる人数が合わないんです。だから誰でもいいので村長のところに報せに行って欲しいんです」

「……なら! 私が報せてきます!」


 エラちゃんが立候補したが、彼女の母親がそれを止める。


「エラに行かせるくらいなら私が行くよ」

「でも……」


 一度誘拐されているのだから、母親がエラちゃんを心配する気持ちはよく分かる。


 とはいえ、誰かが伝えてくれるのはありがたい。


 そうすれば俺はジェシカちゃんを自宅まで送ったら別働隊を探すのに専念できる。


「あの、それじゃあここにいる誰かが伝えてきてください。誘拐された三人が救出されたことと、別働隊がいるので俺がそれを探してるって。お願いします」


 すると女性たちは神妙な面持ちでうなずいた。


「ジェシカちゃん、家に帰るよ」

「はい」


 こうして俺はジェシカちゃんを連れ、教会の外に出たのだった。


 するともう外はすっかり暗くなっていた。


 明かりのある室内から外に出たせいで少し見づらいが、そこは勝手知ったる村の道だ。


 多少暗くても問題ない。


 奪った剣をしっかり握り、ジェシカちゃんの家へと歩いていると遠くのほうにちらちらと光が見えてきた。


 ん? あんな場所に街灯代わりの松明たいまつ置き場なんてなかったはずだぞ?


「ジェシカちゃん、あれ……」

「はい」


 ジェシカちゃんは少し緊張した面持ちになった。


「見つからないようにそっと近づこう」

「はい」


 俺たちは建物の陰に隠れながら、少しずつ近づいていく。


 そうして二十メートルほどの距離まで近づき、その光の正体が判明した。


 あれは、盗賊の別働隊の一人だ。


 たしか、付け火が得意とか言ってやがったクソ野郎だ。


 どうやら放火をするためにこっそりと忍び込んでいたのだろう。


 だが、そんなことは絶対させない!


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 次回更新は 2022/07/13 (水) 12:00 を予定しております。


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