第29話 提案
2021/07/01 ご指摘いただいたタイトルの誤りを修正しました。ありがとうございました
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お邪魔した馬車の中には所狭しと商品が積み込まれており、そこにはたわわな女性の他に二人の男性がいた。
二人とも御者の紳士と同じように褐色のガチムチだ。だが瞳の色が違って黄色と緑っぽい青だ。
……信号機か?
いや、まあそんなわけはないのだが……。
「それじゃあ、自己紹介するで。ウチはアンバー・ロックハート。ロックハート商会会頭の娘で、ヒースダイク店の店長や」
「ガスター開拓村の平民、ユートです」
「よろしくな! ユート」
「ユートは平民なんか?」
「一応、そうらしいですよ」
「一応ってなんや? まあええ。それからこいつらはウチの従業員や。今御者をしてくれているのはギデオン、それからこっちがダンでこっちがロイドや」
「よろしくお願いします」
なるほど。赤がギデオン、黄色がダンで青がロイドか。やはり信号とかければ一発で覚えられそうだ。
「それでや! 平民なら移動の自由があるやろ? そんならウチに来ぃへんか?」
「え? いや、それは……」
「なんや? 女でもおるんか? ならそいつも一緒に来ればええ」
「そうじゃなくてですね。税金を払わないと出ていけないんですよ」
「ん? 税金? ユートが売ったんはあの小悪党んとこやろ? そんならどんだけむしられたって金貨一枚も行けばええほうなはずや。そんくらいならウチが払ったろか?」
「え? 金貨?」
「せや。どないに稼いでも税金が一万デールを超えるなんてあり得へんはずや」
「え? たった一万?」
「なんや? もっと稼いどるんか?」
「そうではなく、稼げそうだから十万デール払えと。そうでないなら農奴に落とすと言われてるんです」
「は? なんやそれ? 王国法違反もええとこやな。サルデリアやと平民は稼いだ額の二割から七割くらいを納めればええはずや。都市やとそこに人頭税がかかるくらいやな。そもそも、稼いでもいないのに金よこせっちゅうんはおかしな話やで?」
「まあ、多分俺をこの村に縛り付けたいのかと」
「……さよか。ほなら、ウチちがなんとかしたるわ」
「えっ? でも村長はなんか貴族っぽいんですけど……」
「ははっ。ユートはずいぶんと世間知らずなんやなぁ」
「え?」
たしかにいきなり召喚されてからこの村に放り込まれたから、それ以外の世界はしらないわけだが……。
「ええか? ウチのロックハート商会はサルデリアの商会やない。クオリアの商会や」
「え? クオリア?」
たしか、村長の家で見た地図にあった西の隣国の名前だ。
「せや。そんで、ウチからの商品が止まれば死人が出る。こんな辺境の開拓村で馬鹿なことをした小物を庇うために、大物が危険な橋は渡るわけないやろ」
死人? マジで?
「なんや。その顔やともしかして、ロックハート商会の名前すら聞いたことないんか?」
「すみません」
「はぁ。平民なのにどうしてこんなド田舎にいるのか不思議やったが、無知に付け込まれたってとこか。まあええ。どや? ウチに来てくれるなら、ウチが話を付けたるよ?」
「……いや、来るって言われても」
「別に、ユートのとこの領主みたいにこき使おうっていうんやない。ウチの町に来て取引してくれればそれでええんや。どや?」
なるほど。それは魅力的な提案かもしれない。
「でも、税金が……」
「はぁー。真面目なやっちゃな。そもそも、ユートの言っとるぞれは税金やない。ただのカツアゲや。せやから、んなもん真面目に払う必要なんてないんやで?」
そういう、ものなのだろうか?
だが、こうもきっぱりと言い切られるとなんだかそんな気がしてきた。
なんにせよ、これはまたとないチャンスかもしれない。
「わかりました。じゃあ、お願いします」
「決まりやな!」
アンバーさんはそう言ってニカッと笑ったのだった。
◆◇◆
村に到着すると、アンバーたちは村長様の家へと向かったのでいったんお別れだ。なんでも、露店を開くことを通告してくるのだそうだ。
あの村長様だったら、村で商売したかったら大金を支払えとか言い出しそうな気がするのだが……。
そんなことを考えつつも家に戻ってきたので、隣の家の扉を叩いてジェシカちゃにウサギを預ける。
「わあっ。ウサギ! ありがとうございます。今日もがんばりますね」
「うん。ありがとう。よろしくね」
最近はこの無邪気な笑顔を見るたびに胸が痛む。実はまだ、この村から出ようと考えていることを伝えられていないのだ。
「……あのさ。さっき、いつものタークリーじゃない別の行商人さんが来たよ」
「えっ? 本当ですか!? やったぁ」
「隣の国のロックハート商会だって」
「ロックハート商会!? それってたしかすごい商会ですよね?」
「そうなの?」
「はい。前に狩人の人が立ち寄ったってお話、しましたよね?」
「うん。聞いたよ」
「その人が、隣の国では三大商会の一つだって言ってました。王様とも仲良しで、ロックハート商会だけがお砂糖を売ることができるんだって」
「砂糖の専売!? ああ、それは……」
たしかに砂糖が流通しなくなったら大変なことになりそうだ。あながち死人が出るというのも大げさな話ではないのかもしれない。
「はい。でも、どうしてこんな田舎の村に来てくれたんでしょうね?」
「それは……」
俺をヘッドハンティングしに来たらしい、という言葉をギリギリで飲み込んだ。
それを口に出してしまったらきっと関係をはっきりさせる必要が出てきてしまう。なんとなく居心地が良いこの関係を変えて距離を取るのか、それとも責任を取るから一緒に来て欲しいと頼むかをしなければならない。
だが、俺は……。
「どうなんだろうね。それよりも、見に行こうよ」
答えを出すことから逃げた。
「はいっ」
嬉しそうに笑うジェシカちゃんの顔を正視できない。
こうして自己嫌悪を抱いたまま、ジェシカちゃんと連れだって広場へ向かうのだった。
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