第28話 来客
村長に酒を売りつけてからおよそ一か月が経過した。木々の葉は色づいており、冬の訪れが間近に迫っていることが窺える。あれから結局お酒は作れておらず、税金を支払える目途はまったく立っていない。
そんなわけで、ロドニーとその素敵な一家とお別れするのに一抹の寂しさを感じつつも俺の判断は脱走で固まりつつある。
また、新たな職業として服飾師を取得した。本当は武器を作れる鍛冶師のほうが良かったのだが、この辺境村では加工するための金属も鉱石も手に入らない。であれば、自分の服を修繕できるほうがまだ役に立つと考えたからだ。
それに服飾師があれば毛皮の加工品をきちんとした服に仕立てられるしな。売れる商品が増えるのはいいことだ。
こうして職業を増やして準備を整えつつも、変に監視されるのも嫌なので普段どおりに必死に税金を払うために仕事をしているという体を装っている。
腹立たしいが怪しまれるのは避けたいので、やってきたタークリーには多少の商品をぼったくり価格で売ってやった。もちろん、必死に作った商品はほとんどすべてストレージの中に収納済みだ。これを売れば他の町に着いてしばらくは糊口をしのげるだろう。
もちろん狩りだって忘れていない。重要な食料を確保するために今日も森へと入り、野ウサギを捕まえた。
今日の分としてはところはこんなもので良いだろう。
そんなわけで村へと戻る道に出ると、何やら馬車が村のほうへと向かってやってきている。どうやら行商人の馬車のようだが、いつもの馬車ではない。かなり大きな馬車だ。
珍しい。タークリーがあんな大型の馬車で来るなんて。
そんな感想を抱きつつも、別におかしな雰囲気があるわけでない。
冬支度用にたくさんの物資を運んできたのだろうか? 一応、あとで市が開いたら見に行ってみるとしよう。
そう思っていつもどおりのペースで歩いていたのだが、どうやら馬車は結構なスピードが出ていたらしくすぐに追いついてきた。そして御者の男から声を掛けられる。
「こんにちは。ガスター開拓村の住人さんですか?」
「ええ。そうですよ」
御者台に座っているのはスキンヘッドに褐色の肌、そしてやたらとガタイのいい男だった。もはやガチムチと言ってもいいレベルの巨漢だ。
だがそんな
「私たちはロックハート商会です。数日間滞在させていただきますよ」
「えっ!? よろしくお願いいたします!」
やった! ついにタークリー以外の商人が!
これは運が向いてきたかもしれない。どのみち脱走するつもりだったのでこの商会に売って税金を払おうなどとはもう思っていないが、ある程度の相場観が分かるのはありがたい。
「おや。これは随分と歓迎してくれるのですね」
「そりゃあ、もう! いつもの行商人さんは売り物の値段が高いうえに買い叩かれるんですよ」
「買い叩かれる?」
御者さんは怪訝そうに眉をひそめ、そう聞き返してきた。
「そうなんですよ。せっかく苦労して作ったというのに自分しか買い取るやつがいないって言って、異常に安値で買い叩かれてやってられないと思ってたんです」
おっと。初対面だというのについ不満をぶちまけてしまった。
だがこの紳士は嫌そうな顔一つせずに神妙に頷いている。しかも、その会話に馬車の中から女性が割り込んできた。
「なんやて? 兄ちゃん、職人さんか! 何の職人なんや? なぁ! 他の職人さんもウチに紹介してくれへんか?」
馬車の中から顔を出してきたのは真っ赤な髪に琥珀色の瞳が特徴的な女性だ。年齢は……たぶん二十歳以上だと思う。
それから、何というか……たわわだ。
「なあ! 兄ちゃんは木工師か? それとも薬師か? 革工師に硝子師もおるんやろ? 兄ちゃんはどの職人や? な? な?」
女性は身を乗り出し、顔を俺のほうに近づけてくる。しかも御者台の上から身を乗り出す格好になっているので、たわわな果実が目の前でゆっさゆっさと揺れている。
これは……! す、すごい!
「なぁ! 兄ちゃん! 聞いとるか?」
「え? ああ、はい。ええと……」
目の前の光景があまりにもすごすぎて、つい意識が変な方向に飛んでしまった。ええと、たしかタークリーに売った商品の話だったな?
「うちの村からの商品だったら、多分全部俺だと思います」
「「はあっ!?」」
ガチムチ紳士とたわわな女性は、ほぼ同時に素っ頓狂な声を上げた。
「なんやて? あの木の食器も! あの傷薬も! あのガラス瓶も! あの毛皮のコートも! みんな兄ちゃんが作ったんか?」
「一応、そうですね」
「ツイとるわ。第一村人が探し人やないか」
「え? 探し人?」
「せや! ウチはあの小悪党タークリーの仕入れ先を探しに来たんや」
「え?」
「あれは兄ちゃんが作ったんやろ? どうやったんや? 特にあの食器と薬や!」
たわわな女性がこれでもかと身を乗り出してきて、なんといか目のやり場に困る。
「え? そんなに特殊でしたか? 別に品質はそんなに高くないですよね? 他のと同じだと思ってたんですけど」
「そうや! それなんや! たしかに質が高いわけやない。ただな。どないしたらあれだけピッタリ同じ品質のものを作れるんや?」
「あ……」
なるほど。そういうことか。他の人たちはメニューから作っているわけじゃなくて手作りだ。だから、どうしても品質がばらつくのだろう。
そしてばらつきなく作れるのはかなり腕の経つ職人ということなのだろう。
「お嬢様。落ちますよ」
「ああん? 落ちたりなんかせんわ。なあ、兄ちゃ――」
御者のガチムチ紳士に止められ直後、たわわな女性は身を乗り出しすぎて御者台から転落しそうになった。だが、ガチムチ紳士が服を掴んで引っ張ることで転落を阻止する。
「お嬢様。お気を付けください」
「あ、ああ。すまへんな。せや! 兄ちゃん。乗っていきや。村まで乗せてったるで」
「あ、ありがとうございます」
そうして俺は馬車へと乗り込むのだった。
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