100人の勇者
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100人の勇者
おおっ、勇者殿! よくぞ魔王を倒し、この世界を救ってくれた!
国を代表して朕から礼を言いたい……、いや、もう必要あるまい。聞こえておるであろう、この大歓声を! 国中の人々がそなたを讃えておるのだ。
だが、口だけではそなたの大偉業に十分報いることはできぬ。望みの褒賞を与えよう。
……なんと! 褒賞などいらなぬ、自分はなすべきことをしただけ、だと申されるか。
実に立派で清廉なことよ! さすがは伝説の勇者オーテンガーの再来と言われただけのことはある。しかし、それでは朕の気持ちがおさまらぬ。兵士でもない一村人に過ぎなかったそなたを魔王との戦いに巻き込んだのは朕なのだ。それなのに何の褒賞も与えぬとあっては、王としての威厳に傷がつく。誠に仁義を尊ぶならば、どうか朕の気持ちを汲み取ってはもらえぬか?
……おお! 褒賞を用意するなら、魔王との戦いで疲弊した民にこそ与えるべきだ、とそなたは申されるか。
朕は目から鱗が落ちる心地がした。そこまで言われてはしかたがない。勇者殿のいう通りにしよう。だが、今夜の宴会には出てもらいたい。国に平和が戻ったことを知らしめる大切な儀式なのだからな。
それにしても、よほど過酷な旅であったのだろうな。かつてこの城から送り出した時は、まだ幼い面影が残り、村の外を跋扈する魔物どもから逃げ回っていたというのに、今では別人のように頼もしくなったものだ。是非とも宴会の場で、辛くとも栄光に満ちた旅について皆に語り聞かせて欲しい。
ああ、待たれよ勇者殿。宴会の前にもう一つだけ話しておくことがある。とても内密な話だ、人払いをさせよう。
これでよし。大臣も警備兵もいない、今は朕とそなたの二人だけ、無礼講だ。朕に何か訊きたいことがあれば何なりと申すがいい。朕もそなたに率直に訊きたいことがあるのだ。
兵士が束になっても傷一つつけられなかった、あの凶悪にして最強の魔王を倒せた理由について、そなたはどう思っておる?
……なるほど、伝説の光の剣を手に入れたから、と申すか。
もっともなことだ。あの剣こそ魔王を倒せる唯一無二の武器。そして、剣を扱えるのは伝説の勇者オーテンガーの再来と言われるそなただけじゃ。しかし、光の剣は魔王の手によって厳重に隠されていた。入手は至難の技であっただろう。それについてはどう考えておる?
……ほう、何度も諦めずに挑戦し続けたから、と申すか。
不屈の闘志こそ勝利の鍵だったというわけか、いかにも勇者殿らしい。実際、何度死にそうな目に遭っても、そなたは再び立ち上がり挑み続けたと聞いておる。しかし、どんなに強靭な心を以てしても何度も失敗を続ければ、あきらめてしまうのではないか? そなたはどうして戦い続けることができたのか? そこについてはどう考える。
……仲間。彼らの協力があったから、とそなたは申すのだな。
確かに、そなたが道中で出会った仲間は、いずれも一騎当千の猛者ばかり。その力は魔王軍にとっても脅威であっただろう。つまり、そんな彼らを仲間に加えることができた、そなたの人徳というわけだな。徳ある者のところに人は集まるのだ。朕のようにな。
ところで、人徳というものは努力だけで身につくものではない。そう思わぬか?
勇者殿、どうして朕がこのようなことを訊いているのかと、不審に思っているようだな。じきにわかるだろう。もっと気楽に答えてくれ。それで、質問に戻るが、そなたの人徳はどこからきていると思っておる?
……わからぬ、と申すか。
はっはっはっ、冗談を言っておられるのか勇者殿? 答えはすでに目の前に揃っているではないか。そなたが答えぬのであれば朕が答えよう。それはそなたが伝説の勇者オーテンガーの再来と言われておるからだ。だからそなたの仲間も、国中の人々も、そなたに協力を惜しまなかったのだ。それほどに伝説の勇者オーテンガーの存在は巨大なのだ。
どうした、難しい表情を浮かべて。言いたいことがあればはっきりと言うが良い。ここには今は誰もおらぬ。朕に何を言っても記録に残ることはないぞ。
……なるほど、自分は伝説の勇者オーテンガーの再来かもしれないが、魔王を倒したという成果は自分が成し遂げたものだ、と申すか。
くっくっくっ、とうとう本音が漏れたな勇者殿。いや、怒っているのではない、朕は実に嬉しいのだ。いくら口では清廉なことを並べてもやはり心では己が成し遂げた偉業を誇りたいのだろう。それが人間というものだ。
これで朕も気兼ねなく真実を伝えることができる。
勇者殿、そもそもの話、伝説の勇者オーテンガーとは何か、理解しておるか?
……その通り、五百年前、同じように魔王を倒した伝説の英雄のことだ。
しかし、伝説の勇者オーテンガーは本当に存在したのであろうか?
どうした勇者殿、夜空を見上げる猫のように目を丸くして? さあ、朕の質問に答えてはくれまいか?
……光の剣?
ああ、確かに、魔王を倒す唯一の武器だ。しかし、その剣を持っていたのは本当に伝説の勇者オーテンガーだったであろうか?
……伝説が語っている、と申すか。
そうではない。朕が問いたいのは、その伝説はどこからきたのか? ということだ。
ふむ、すっかり混乱しているようだな。では単刀直入に話してやろう。伝説の勇者オーテンガーなど存在しないのだ。すべては朕がでっち上げた作り話。光の剣で魔王を倒した人物の名は残っておらん。だから、そもそも光の剣が伝説の勇者オーテンガーの再来しか使えぬなんて話もない。そなたもそなたの仲間たちもそして国中の臣民も、朕の創作話の上で踊っていたに過ぎぬのだ。
どうした、両手をぶるぶると振るわせて? もしかして怒っておるのか? それはお門違いというもの。むしろ朕に感謝をすべきだ。朕の作り事のおかげで、人々はそなたを信じて力を貸し、強力な仲間を得て、不屈の精神を手に入れ、そして光の剣によって魔王を倒し、世界を救ったのだからな。この作り話がなければ、誰がそなたのような一介の村人に過ぎぬ存在に喜んで手を貸すものか。
……では、自分は何者か? と申すか。
さすがは勇者殿、実に良い質問だ。しかしそれに答える前に、もう一つ話しておこう。人々の心が一つになった時に生まれる信じる力は実に強大だが、一方で施政者には現実性が求められる。一人の勇者に全てを賭けるわけにはいかぬのだ。だから複数の策を用意しておかなければならぬ……。
つまり、伝説の勇者オーテンガーの再来は一人である必要はなかろう。
くっくっくっ、その顔、ようやく理解できたようだな。
そう、そなた以外にも大勢の勇者がいたのだ。しかし彼らは戦いに負け人知れず退場していった。ある者は村を出た瞬間に強力な魔物に襲われ、またある者は、必要な道具が揃わず、進む道を絶たれてしまった。そんな勇者たちがざっと百人はいたであろう。そしてそなたは、たまたま村の外に強力な魔物がおらず、たまたま必要な道具が揃い、たまたま強力な仲間と出会い、そしてたまたま光の剣を手に入れ、魔王に勝つことができたのだ。つまり、そなたは彼らの屍の上に立っているとも言えるのだ。
どうした、茫然自失とした顔を浮かべて。
勘違いしないでほしい、そなたの働きは唯一無二のもの、それは認めておるのだ。しかしそれはそなたから見た話のことだ。
朕から見れば、百本の放った矢のうち、一つがようやく的に当たったというわけだな。
この話が何を意味するか、よく考えることだな。くれぐれも、己の力や名声を勘違いせぬことだ。
それでは、今夜の宴会を楽しむがよい。
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