第92話 トラウマ。−4
「は、春木だ…!」
背が少し伸びた春木が競技場の中に現れた。その姿が見えて来た時から私の心は激しくドキドキしている気持ちが止まらなかった。このまますぐ会えたかったけど今は大会の準備で忙しそうだった。
「春日ちゃんは春木のことを知っている?」
「え…なぜ…」
「春木の出番からすごく見つめているからね。」
「なんとなく…」
「うちの息子がこんなにかわいい知り合いがいるとはねー」
「え…!違います!別に…」
「照れてるのもかわいいねー」
すぐ前からそんな話を聞かれた私は恥ずかしくて、つい顔が赤くなったしまった。
全部春木の母のせいだ…恥ずかしくて目を逸らした私は再び隣の加藤さんをちらっと見たらその横顔が春木に似ていた。
思わずかわいいと独り言をしちゃった…そうか春木は母に似ているんだ。
「ね、春日ちゃんは春木のことが好きかしら。」
「え…!え…」
「かわいい〜」
母が隣に来て加藤さんに話をかけた。
「意地悪いのは昔のままだね。さつき。」
「え〜何も言ってませんー」
話をしている間、春木たちの順番が来てスタートラインで並んでいた。
「加藤くんだ〜」
「恵ちゃん、加藤くんのこと知ってるの?」
「うんー同じクラスだから。」
同じクラス…の友達、恵ちゃんはいつも春木のことを見ていたんだ。羨ましい…私も2年くらい遅く生まれたら一緒にいられるかな。
「始まったよ!お姉ちゃん!」
近いところで見ようとする恵ちゃんが階段を下りて走り出した。そして後からついていく私はいつの間にか春木に見えるように腕を振っていた。
私が腕を振っていたことを気づいたかな、気のせいだと思うけどちょっとだけ春木と目が合った気がした。
早く試合が終わったらいいな…
そしてスタートラインからみんなが走り出した。春木の姿に目を取られてほほ笑んでいる私、頑張ってここまで来たなーと思いながら春木を見つめていた。出発と同時に先頭は春木がもらってそのままゴールを通過して1位を取った。
「1位かーやはりさつきの息子ってことかー」
「いつの話だよ、由利恵の方がもっと速かったよー」
「でも、懐かしいね…」
「そうねー昔は由利恵に負けたくなかったから一生懸命に練習したのに…いい思い出だよね。」
「そうね…」
春木の走りが終わった頃、私も席を外して春木を探した。
「どこにいるかな…春木。」
早く会いたかった…春木に会って話がいっぱいしたかった。探し回った後、桜木の下で春木とまた会えた。
「速いね!春木!」
「え…?あり…がとうございます」
ん…?なにその言い方…もしかして私のことを忘れちゃったの…?
それは私が欲しがっていた反応じゃなかった。
春木だよね…春木だよね…?
「な、何か…?」
「…」
なんで私のことを気づかないのよ…今までドキドキして会いたいと思ったのは私だけ…なの…?
私…一人だけ…?
一瞬、心が壊れることを感じた。すぐ前にいるのに…春木は私のことを思い出せなかった。情けない、今まで一人だけドキドキしていたことに、会いたいと思ったことに…
こんなことになるなんて…
…私はポケットの中からお守りを出して春木に渡した。
「これあげる。」
「これは…?」
「お守り!春木、すごく速いから怪我するかも知れないよ、怪我しないようにこのお守りが春木をちゃんと守るからね。」
「お守り…」
指輪のお返し…これだけ渡して置くね。春木…
「武藤…春日!」
そして遠いところから母が私を呼ぶ声が聞こえた。
「もう行く時間だよね。じゃ!次の大会も頑張ってね!応援するから!」
「うん!ありがとう…」
「いつかまた会えたらいいね!春木…バイバイー」
私は寂しい気持ちを隠して、春木に終わりを告げた。
その日は日が高くて、綺麗な桜が舞い散って、私の春が…私の春木が心の底に置いていた小さい願いが消えてしまった。
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