第53話 本心。−3
でも一度もやったことないし、こうやって…合ってるかな。
先輩の見えない傷を慰めたかった、それでなんとなく口をつけてしまったけど…ドラマからよく見られるキスシーンのようにあるいはそんな感じでやろうとした。
最初はただ口をつけただけ、先輩はそのままじっとしていた。目を閉じているから俺には何も見えなかった、感じられるのは先輩の唇の感触と口の中で動いている舌の感触だけ。
…少しの静寂
…先輩の舌があんまり動かない気がした。これじゃダメだったかも、さすが下手な俺よりは前に会ったモテる人がもっと上手くやれるだろ…キスなんて。
情けないがここまですることにしよう。
つけた口をゆるゆると離す、舌も入れてないのになんか液が出てしまって顔が熱くなった。
エロ…夕は初中やってるのか…
「やはり、だめです。俺…キスは下手だからここまでしておきます。先輩も時間が遅くなったから寝た方がいいですよ。」
「…行かないで。」
「台所から水飲んできます…」
「行かないで!」
静かな部屋で響く先輩の声でびっくりした俺はそのまま固まっていた。
「はい…?」
俺の首に腕を回した先輩が一気に引っ張ってまた口づけをした。あまりにも驚いて、姿勢を維持するのができなかった俺は下にいる先輩の体にくっついてしまった。
あ、なんだろう…
「うっ…!」
「うん…」
何…変な声を出してますか先輩…
徐々に体を絡み合う二人がベッドで荒い息を出している、春木の口に舌を入れる春日はとても積極的でしつこく舌を舐めていた。
ちょっと口を離して春木のシルエットを見つめる春日は左手で頬を触りながら息を整えた。
俺…何をしているか…な、口から先輩の匂いがする。気づいた時は…
「はあ…」
「せ…ん…」
また先輩にキスされていた。
先輩の腕が俺の背中を抱きしめて逃げられない、恥ずかしい…こんな気持ちは初めてだ。前にも一回口づけをしたけどそれは先輩が寝ていたから軽くやっただけで…本気のキスなんかしたことがない。
それといろいろ先輩の体に触れて…どこに手を置いたらいいかわかりません、先輩。
長いけど短いこの時間の終わり、先輩の口が離れる。
「はあ…はあ…先輩、もういいじゃないですか…」
「春木…おいしい…」
「えっと…先輩がいいなら俺もそれでいいですよ。」
恥ずかしい…この部屋が暗くて何よりだ。
「知らない…」
照れてる声で俺を離してくれない先輩。
「離してくれないと…」
「春木。」
「はい?」
「二股?」
「え…?」
二股…?先輩、そんなの考えたのか。なんの根拠でそこまで至ったのかよ…俺は全く二股とか、疑えようなことは…
ことは…
…まさか。
「何を考えてるの?」
「別になんでも…」
「ずいぶん楽しんだよね?」
あの一言で俺は何が間違ってたのか分かってしまった。脳裏をよぎるあの時の記憶…先輩は俺がみんなと撮った写真を見たんだ。
え…ボディバッグの中を見たのか…
「え…それはとにかく…」
「二股なの?はっきり言って。」
うわ…何を言えばいいんだ。先輩はまじで真剣な顔してるようだし…
「二股って言われても俺…ソロですけど…」
「でも春木、私に告白したでしょ?」
聞いていたのか、あの時の独り言。
「え?いいえ、そんなことを言った覚えはないで…す。」
「言った!春木は…言った!」
なに…その顔、先輩はこんな人じゃなかったはずなのに。
シルエットでも見えた、先輩…俺はそんなに悪いことをしましたか。俺が悪いよな、先輩に変な話するんじゃなかった。
ただでいればいいのに変なことを言い出して…あ、ネガティブになってしまう。
「はい…すみません…先輩の気持ちも考えなくて自分勝手に言ったもので忘れてください。」
また、否定をする俺がいた。
「すみません。俺、水飲みに行きますから。」
「ちょっ…」
この感情はなんだろう、知らない感情が纏まらない。
部屋を出た俺は台所から水を取って、ベランダの前に座って月を眺めた。
分かってくれないのはなんなんだ…
そのうち、いなくなるのもなんだろう…
知らない気持ち、知らない先輩、知らない状況。
先輩は変だ…。
写真はただ友達と仲良くしただけで二股なんかしてないし、それと…今の話がただ表面的な理由だと思ったのは気のせいか。
でもなんで声を出して泣いたんだろう。
変だよな。一人になると落ち着くことができる。理不尽だなー先輩と一緒なら感情の調節が上手くできないくせに一人になるとこうして冷静に戻るのかよ。
そして心はもはや答えを出しているのに否定している俺も嫌い、情けない。
「春木…」
考えを纏めているうち、先輩が寝衣を着て後ろからハグしてくれた。
「春木…」
「はい、先輩。」
「どこにも…行かないで…」
先輩の声が潤む。
「だから、先輩…ずっといますから…。本当に何かあったんですか?」
「怖いよ…春木がいないと…春木は私のものよ。」
今まで知っていた先輩は強くて、優等生で、男好きで、いたずら好きのモテる美人だと思った。俺から見える世界は狭かったから先輩のことをそう思っていた。先輩からの話を聞いて、先輩からの悩みを聞いて、そう思っていた。
長い時間を一緒に過ごしていた人だから…先輩と親しいだけの俺だった。先輩は真っすぐ見てくれたのに俺は先輩のそばにいると迷惑をかけてしまう恐れからずっと逃げていたのか…
先輩の顔を見つめて体を回し、先輩を抱きしめた。俺の温もりで先輩の心を温めるのはできないかもしれない、でもそんな顔はもうしないでほしい。
あ、もうだめだ。はっきり言えばいい、それでいいんだ。
先輩はなぜそんなに悲しんでいるのか分からなかった、でも俺がいれば先輩も幸せになれるだろう。
だから…
だから俺は今、耐えられない小さい心に押し込んでいた言葉を口にしようとした。
「先輩、好きです。付き合ってください。」
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