第54話 本心。−4

 怖いほどの静寂、先輩はどう思っているかな…。やはり迷惑かな…?こんなことを言われる先輩の気持ちをもっと考えるべきだった。

 言っちゃったから今更後悔しても仕方がない…


「…嬉しい。」

「え…?」

「嬉しいって言ってるのよ、私もあの、なんって言うか…す、好きだよ。」


 好きって言ってくれた…先輩が言ってくれた。とても嬉しくて顔をあげた俺はつい先輩と目があってしまった、どきっとした先輩は照れて抱きしめられたまま目を逸らした。

 何、この気持ち…俺もすごく嬉しい。

 どれくらい時間が過ぎたかな、振り向いて見上げた時計の時刻はすでに12時を越えて日曜日になっていた。


「先輩…なんか物足りない感じあるませんか?」

「何が…足りない…」


 俺は先輩の唇に人差し指をつけた。


「何よ…」

「いやですか…」

「春木、下手だからねー」

「それは当然ですよ。だって先輩が初めてだし…先輩はスキンシップに慣れているかもしれませんけど俺は違いますから!」

「へ…」

「何がへ…ですか、先輩は恋愛経験多いでしょ…」


 隣に座った先輩が俺を向いてほほ笑む、その顔がとても美しくて目を離すのができなかった。先輩の肌と髪が月明かりに照らされて、ようやく分かった。この人のために長くて辛い時間を耐えてきたってことを…


 指で俺の顎を持ち上げる先輩は赤くなった顔をしてこう言った。


「ちなみに…私も初めてだよ?」

「え…」


 答える時間を与えず、先輩はそのまま口をつけた。目を閉じて15秒くらい…口の中で言葉に出来ないことが起こっていた。

 先輩の気分がよくなったことが感じられるくらいにやり方が変わっている。15秒が経って少し息を整える時、俺は今更先輩の甘い匂いとか柔らかい唇を感じていた。

 

 恥ずっ…


「疑ってるでしょ?」

「でも、先輩はうちで初中半裸でいますから…慣れているなーと思って…」

「私、他の男とは手を繋ぐだけでそれ以上はしてないよ?」

「…って、俺の前では初中脱いでますか…?」

「それは言ったでしょ?春木が好きって。」

「え…冗談じゃなかった…」


 少しムカついた先輩が俺にデコピンした。


「今まで冗談だと思ったの?」

「モテる人は普段そんな言い方ですね?」

「誰がモテるんだよ…春木も私に好きって言ったくせに遊園地に行ったら腕組みとかしたんでしょ?幸せだった?ドキドキした?うん?」

「その話はちょっと…」

「うん?何がー!」


 先輩が復活した。

 いつもの先輩に戻ったから、今はそれを聞いてもいいのか。でも先輩の顔…今まで先輩を見てきたから分かる、普通に笑っていても心の中に何かを隠した時は目が笑ってない。

 微細な違いだと思うけど…なんとなくそう感じた。今のうちに聞かないと後は言葉に出せないかもしれない。


「先輩、もしかして今日…何かあったんですか?」

「うん?」

「どうせいなくなるとか…分かってくれないとか…」

「あっ…それは…」

「話してもらえますか?」

「…」


 自分の指をいじる先輩は話すのをためらっていた。


「話して困ることですか?」

「…違うけどなんか話したくない。」

「そうですか…」


 無理矢理に聞き出さなくてもいいだろう、でもこれじゃ気が済まないから一つだけ先輩に言っておくことにした。


「今は無理して話さなくてもいいから、先輩…悩みがある時は俺に頼ってください。」

「あ、うん。ごめん…変なことばっかり言って…」

「大丈夫です。」

「春木好き…」

「先輩が好きです。」


 そう言って抱きしめる二人はお互いの温もりを感じながら1時がなるまで離れなかった。


「先輩、寝ましょう。もう1時ですよ…1時。」

「へ…?いつそうなった!」

「明日は寝坊するかも…」

「…そうそう。」

「じゃ行きましょうか。」

「うん!」


 …!

 脚が…痺れる。なんでこのタイミングで…


 一瞬で痺れる感覚が脚全体に広がっている。先輩の前でまたこんな姿を見せるのが嫌だった俺はどうしても我慢しようと膝を掴んだ。けれど今回は前とは違って両脚で立てられないほどの痛みを感じていた。


「うん?春木、どうしたの?」

「…せ。」

「春木?春木!!…春木!」


 耐えられない痛みに冷や汗を流しながら床に膝をついて倒れた。

 拳を強く握って抗えようとしたけど、それは無理だった。多分、意識がなくなる前まで先輩は俺の名前を呼んでいた気がした。

 なんか嬉しい…って言えないよな。


 いいとこだったのに…このクソ痛み。


「春木…春木!なんか言って…言ってよ!」


 倒れて意識をなくした春木、慌てる表情で見つめる春日はその体を揺らして声をかけた。


「起きて…起きてよ…春木、頼むから…一人にしないでよ…」


 不安になった春日は倒れた春木の息を確かめた。


「息はしている…ね、起きてよ…ね!ね!!」


 だんだん声を上げる春日、その声は現実の寂しさを表していた。

 深まる夜の一夜が明けるまで何度も春木の名前を呼んでいた。それでも春木には春日の声が届かなかった。


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