第03話 邂逅3
「アメニティはこのマニュアルの写真通りに並べる」
「並べ方にも決まりがあるんですね」
「うん」
マニュアルには並べ方を写した写真があり、その通りに並べるよう指示がなされている。客にとってはどんな風に並んでても気にならないと思うのだけれど。
「スキンは2個」
そう言ってベッドパネルの横にあるスキンケースの中に避妊具を入れた。
「あ、はい……」
心なしか池上さんの顔が赤くなっている。ああ、そうか、僕はもう麻痺しちゃてるけどこの子はまだ18歳の女の子なんだ。だけど此処で働く以上こんな事くらいで照れている場合じゃない。
そうは言っても、おもちゃの事を説明しても大丈夫だろうか。
「池上さん、あそこに、おもちゃのボックスがあるでしょ? 何か使用されてたら補充をする」
僕がおもちゃのボックスに近付いて行くと彼女もおずおずと付いてきた。
ボックスを覗くと使用されたものはなさそうだ。
「今回は使われてないね」
「あのう、これは何?」と言ってローターを指差して訊いてくる。
実際使った事は無いけれど、アダルトビデオなんかで使っている所を見た事があるので僕には分かるんだけど、彼女に説明しても大丈夫なんだろうか?
「これは……」
彼女は興味津々と言った感じで僕を見つめてくる。僕も恥ずかしくなり熱くなった顔を隠すように背けた。
「まだ知らなくていいかも」
「ええ? 気になるじゃん。なんですかこれ?」
どうしよう。でも業務上知っておかないとダメな訳だし。でも使用方法まで知らなくても名称だけ知っていれば良いと思う。だけど彼女は何する物かを知りたいんだろうし。
「女性を気持ち良くさせる物だと……思う」
「あ……」
ようやく気付いたのか赤面する。
「結構使われる、んですか、これ?」
「割と需要はある」
「そうなんだ……」
「はい……」
「使った事あります?」
初対面の男にこんな事訊くだろうか。
「ない」
「そっか」と言って窓の外に顔を向けた。僕も訊きたかったけどこんな事聞いたら即刻クビだ。そもそも何物か知らなかったから使った事無いのだろう。
ダメだ、僕も照れ臭くなってきた。話題を変えよう。
「ティッシュは畳んでボックスにいれて、ここを摘まんでふっくらさせるように少し出す」
「なるほどぉ」
「トイレットペーパーは先を折りたたんで三角にしてこのくらい出す」
「はい」
「エチケットボックスに使う袋はこの黒いの」
「はい」
その後も黙々とマニュアルを説明する。説明を受ける時の彼女は真剣だ。
「ねえ、大崎さん、ずっとバイトのままなんですか?」
「はい」
これ程口下手で他人と話せない僕がどこかの正社員として務まる訳が無い。子供の頃からそうだった。施設でも他の児童から馬鹿にされた事もあった。
「口が、これだから」と言って唇を指差し口下手だと言う事を伝える。通じただろうか。
「ふうん、でも、喋んなくてもいい仕事もあるでしょ?」
通じたようだ。
「面接が、ダメだよ」
「ここの面接はどうしたんですか?」
「施設の斡旋だから」
「施設?」
こんな話をここでしていいものか。隠しておきたい訳じゃないけれど、一から説明していたら僕の喋りでは時間が足りない。
「今度、話すよ」
「ふうん、あ! じゃあ東京案内の時に教えてくださいよ」
「はい」
本当に僕と行く気なんだ。少し心が弾む。
やがてこの客室の清掃が終わり、ドアを閉めてポケットからリモコンを取り出しセンサーに向けて「完了」のボタンを押した。そのまま次の客室に向かい、その客室の清掃が終わる頃には午後6時になっていた。
「今日は、何時?」
「何がですか?」
「バイト、終わるの」
「9時ですよ」
「じゃあ、休憩」
「あ、やったあ……もうヘトヘトだったんですよお」
そう言うと大袈裟に肩を落とした。それにしても4時間かかって2部屋か。まあ説明しながらだし、初日だしこれは仕方がない。
「フロントに電話」
「あ、はい。ええとなんて言えばいいの?」
「15分休憩に入ります。あ、名前も」
「はあい」
彼女は内線の受話器を取るとフロントに通話をした。
「大崎さんと池上です。15分休憩に入ります」
ウォーターサーバーからグラスに水を注ぎ休憩室の椅子に腰掛けると池上さんも僕の横にちょこんと座った。席は沢山あるのにわざわざ僕の横に座るとは、少し期待してしまう。彼女は僕が飲むグラスをじーっと見つめている。もしくは僕を見ているのかな。いや、明らかにグラスだ。
「グラス使ってもいいんですか?」
「はい」
彼女もグラスを掴むと水を注いでまた僕の横に戻ってきた。
「ぷはー。のど渇いてたんですよぉ。大崎さんがスパルタだから死んじゃうかと思いましたよ?」と言って小首を傾げ唇を尖らせる。なにその仕草。可愛すぎる。あ! コレが萌えって状態なのか。人生初萌えに僕の経験値が上がった。
「気が付かなくて、ごめん」
「掃除だけかと思ったけど、意外に覚える事も多くて大変ですね。わたし物覚え悪いから」
なんて答えればいいんだろう。そうだね? そうかな? 「そうだね」って言うほど覚える事もない簡単な仕事だし、「そうかな」って言うと池上さんを馬鹿にしている様に捉えられないだろうか。たっぷり10秒くらい時間をかけて、結局僕は、
「そうなんだ」と言った。
「ぷっ! くふふふふ……大崎さんってすごく気を遣う人なんですね?」と言って小首を傾げる。
また答えにくい内容だ。「そうだね」って答えると自意識過剰みたいだし、「そうかな」って言えば池上さんを否定しているみたいだし。再び僕は、
「そうなんだ」と言った。
「大崎さんって寡黙って言葉を具現化した様な人ですね」
彼女は答え難い質問ばかりする。素直に肯定できないし、実際口下手だから否定するのも変だ。
「そうかも、知れない」
「でもベラベラおしゃべりな人よりわたしは好きですよ?」
そう言ってまた小首を傾げて僕を見つめる。
心臓が跳ね上がった。彼女が言っているのはそういう種類の人が好きって意味なんだって解っているんだけど、それでも少し舞い上がってしまう。僕は水滴を纏ったグラスで手の熱を冷やしながら、
「ありがとう」と言った。
「あ、笑った」
「え?」
「ずっと無表情だったのに、今少し嬉しそうにしましたよ?」
肯定? 否定? どっち? からかわれているのかな? でも実際に嬉しかったのは事実だし。
「……嬉しかった、です」
彼女は一瞬真顔になったけれど、すぐにまた破顔し、
「先輩なのに先輩っぽくない」と言ってはははと笑った。
楽しい。こんなに話し掛けてくれる女の子は初めてだ。今まで指導した女の子達は僕のテンションに合わせて次第に事務的になっていったのに、池上さんはずっと僕を
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