異世界トリップ 壊れる
こんこん199x
第0話 これはある不運な男の話
うだるように暑い夏の日
僕はアルバイト先へ向かうため自転車を漕いでいた。
すれ違う学生たちを横目に見ながら
(こんな人生が僕にもあったのだろうか)
と何度も考えたセリフをまた呟いた。
僕の家庭は貧乏だ。父や母が居ないとか天涯孤独とかそういう訳ではない。
ただ運が悪かったのだろう。僕の父がギャンブルに狂って、返しきれない借金が生まれてしまったという現代においてはありふれた不幸話だ。
タチの悪い借金もあり、母はずいぶん前に家庭から逃げ出してしまった。学校に行けるお金などなく、僕は頭のおかしくなった父の為に金を稼いでいる。
かなり不幸な部類だとは思うのだが、もう慣れてしまって悲しいという感情もない。
そんなことを思いながら自転車を漕いでいると、道を塞ぐように黒塗りのセダンが止まっている。周りには強面の男が数人立っていた。
(何か嫌な予感がする…)
踵を返そうとしたその時、身体が突然痺れたように動かなくなった。
「…!!」
(なっなんだこれ!!身体が、声も出せない!)
ガシャンと自転車の倒れる音。こちらに近づいてくる人の靴音
スーツとサングラス、厳つい顔といういかにもな男だ
「お前の親父の事で話がある、まあいいから車に乗れ。」
(車に乗れったって動けねえよ…)
そのまま引きずられるように車に乗せられた。
こいつらの事務所(おそらく)に着いたのか車が止まる。
「おい、もう大丈夫だろそれ止めてやれ。大声は出すなよ。」
そういったかと思うと僕の痺れが嘘のように収まった。
「なんなんですか、これ…」
ビビり上がる自分を抑え何とか声を出す。
「話しは中でする、着いてこい。」
「…」
窓ガラスがすべてマジックミラーで、頑丈そうな玄関扉に監視カメラがついた怪しいビル。
クーラーの効いた室内にはいかにもな人達とその横には…
(…あれ?)
キラキラとして透けている民族衣装?を纏い顔を隠した長身の異様な人物が立っていた。
あまりにも場違いな光景にポカンとしていると
「おい、聞いてんのか」
タバコを吸っている強面の男がイライラとした声を出す。
話しかけられていたようだ。
「はっハイ!」
「何度も言わせんなよ…お前の父ちゃんな、もう無理らしいわ、お前を食わせていくの。だからな…
「えっ!あ、あの、父は働いてなくて…」
「そんな事は関係ねーんだ!大事なのはな、父ちゃんはお前を売ったってことだ。」
(なんだって…?何で?)
「お前にはな、これからその身一つで働いて貰うことになる。高い金で買ったんだ、その分はしっかり稼いで貰わないとな。」
(なんでだよ!僕はずっと文句も言わずに働いてきたじゃないか!!なんでそれを…なんで…)
「おい!聞けって言ってるだろ!」
「うっ…は、はい。」
(学校にもいかずに、親父の為だけに働いてきたのに…こんな事ってあるかよ…)
「気持ちは分かるけどな!いいから聞け!お前はこれからその身一つで稼ぐんだよ!稼いで、お前の代金分の金を払えばお前は自由の身だ!わかるか?」
「はい…でも」
「でもじゃねえ!それ意外にもう道はねえんだ!諦めろ」
「…」
(諦める、か、そうか。もう慣れたもんだよな…そうだ…そうしよう)
「わかりました…。」
フーッと吸っていたタバコの煙を吐き出し
バン!とガラスの机を叩くと
「よし!先生!後は任せましたよ。」
強面は長身の人に向けてそう言った。
「承知しました。」
透き通るような女性の声だった。
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