第164話 ありきたりな日常

新年会が終わって、幾分かの日時が経過した。

次の大きなイベントは東京旅行。

だが、その旅行までもまだしばらくの時間があった。

故に拓哉たちは、ありきたりな日常を過ごしていた。


「吉田ー。夕飯ー。」

とある日の夜。

御子がソファーで寝っ転がりながら、拓哉に要求した。

最近はこういう光景が増えていた。

というのも--


「もう少し待ってて。今作ってるから。」

「むー。光はもっと手際が良かったぞー。」

「しょうがないじゃん、俺料理とか全くしてなかったんだし。」

最近光は唯志の部屋にいることが多い。

必然的にこの二人の夕食がなくなる。

御子がそんなものをやるわけもなく、拓哉が代わりにその役をやっていた。


だが、単純に押し付けられたわけでもない。


「それはあんたの都合や。美味いか不味いかもわからんもんを、食べてもらえるだけでもありがたく思わな。」

「それは確かにそうだけど。」


そう、押し付けられたというよりは、拓哉側から言い出したことだった。

御子は別に宅配でも惣菜でもコンビニでもよかった。

だが、拓哉が作るというので、その美味しいかも定かではない夕食に付き合っていた。


「この前の謎スープみたいなのは勘弁やで。」

さらっと釘を刺された拓哉。

「う、わかってるよ。」

プレッシャーを感じながら、不慣れな手つきで料理を進めていた。


--

「はい、できたよ。」

食卓に皿が並んだ。


「チャーハン?」

「そうだよ。」

「・・・だけ?」

「うん。」

拓哉が作ったのはチャーハンだけだった。


「あ、ビールもあるよ。」

「あんた、女子に食べさす料理としてチャーハンとビールってどうなんや?」

「う、確かに・・・。でもまだこれくらい簡単なのしかできないし。」

拓哉は少し申し訳なさそうにそう言った。

少し文句を言いながらも御子はそれを口にした。

そしてビールも呷る。


「うん、悪くないな。」

「ほんと?良かった。」

御子の言葉を聞いた拓哉はほっと胸をなでおろした。

そして自分もビールの缶をあけて、飲み始めた。


「あんたも飲むなんて珍しいな。それに料理も突然始めたし。なんかあったんか?」

御子は次々とチャーハンを口にしながら拓哉に質問した。

「いや特に何もないよ。・・・ただ、色々と出来ることからやってみようって思っただけ。」

拓哉も淡々と食しながら、これまた淡々と答えた。

「お酒も特に好きじゃないけど、多少は飲めたほうが良いだろうなって。そう思ったから。」

拓哉は自分がここ最近で思ったことを話した。

御子はただただそれを聞いていた。


「ええんちゃう。ならこんな風に可愛い女子と夕食出来るのも、ええ経験なんちゃうか?」

御子はニヤッと笑って見せた。

多分ボケのつもりなんだろう。


「うん、そうかも。ありがとう、西条さん。」

ただ、拓哉はいたって真面目にそう返事をした。


「・・・ツッコめし。」

御子は少し照れたようにぼそっと言った。

その様子は、拓哉でも照れているのが感じ取れるくらいだった。


----

同時刻ごろ。

場面は変わり、こちらは唯志宅。


「ねー、唯志君。この資料みたいなのはなにー?」

光は机の端に無造作に積み上げられた資料を手に取った。


「あー、色々やれそうなこと考えたメモ。まぁほとんどは意味ないと思うよ。」

「へぇ・・・。投資の自動化に、スマホのゲーム・・・。農業の自動化?そんなのもあるの?」

光はパラパラとめくりながら、感嘆の声を上げていた。

「どれやるにしても地盤と資金がなー。まぁメモっておいて損はないってやつ。」

「今やってるそれはなーに?何かのグラフ?」

「ああ、これは投資。」

「へぇー。なんか難しいことやってるんだ。」

光にはどれもこれもちんぷんかんぷんだった。

ただただ唯志が作業をしているのを、横から眺めていた。


「どうした?暇なのか?」

「うん。かまって欲しい。」

光はニコッとしながらはっきりとそう言った。

「はいはい。じゃー何かする?」

「あ、あのね!私、現代の東京のこと調べたい。唯志君は慣れてるんでしょ?」

「まぁ仕事柄ね。」

「なら色々教えてほしいなー。」

そう言いながら光は東京の観光雑誌を広げた。


「えっとねー。こことか!何があるのー?」

「ああ、そこは--」


--

唯志は一通りの東京の観光地を紹介し終わった。


「やっぱり未来とはずいぶん違うねー。」

「そうなんだな。」

「うん。特に今度行く予定のこの!楽しみなんだー。」

「あんなデカい企業が潰れてるとはね。」

で被害が大きかったみたいだからね。跡地はあるんだけど、交通の便もよくないから、誰も近寄らないんだよね。」

「あー、確かに。専用のモノレールだもんな、近寄る手段。」

唯志は少し考え、なるほどと納得した表情だった。


「だから今度行けるの楽しみなんだー。」

「ならしっかり計画しないとな。」

「うん!」

光は満面の笑みで答えた。


こうして二人の一日は過ぎていった。


このところは多くの日がこんな調子だ。

二人とも時間に余裕があるときは一緒に出掛けたりもする。

特に代わり映えもしない、普通の日常。


しばらく続いた非日常的な出来事もなく、ただただ普通に過ごしていた。

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