第65話 どこにでもある悪気のない悪意
昼の十二時過ぎ。
普段はあまり休憩の取れない時間帯だが、今日は珍しく休憩となった。
今日はバイトやパート・・・まぁ正社員じゃない連中に任せている。
当たり前のことだ。
世の中勝ち組が負け組を扱うことで成り立っている。
俺は勝ち組だ。
少なくとも吉田なんかよりは勝ち組のはずだ。
俺の勤め先は業界最大手だし、正社員の俺は数年後は店長になる。
ゆくゆくはエリアマネージャーにもなるだろう。
年収だってこの若さで400万もある。
確か吉田は技術者だったな。
ネットで平均年収を調べたら同じく400万くらいと書いてあった。
『平均』でこれだ。
ということは現時点ではもっと少ないだろうな。
ましてあの吉田だ。
陰キャな割に勉強が出来るわけでもなかったはず。
間違いなく俺の方が経済面で優っているはずだ。
見た目も俺の方が良いし、陰キャの吉田よりは俺の方が面白い。
運動も俺の方が出来る。 (多分)
負けている部分が無いな。
強いて言えば、俺の方が背が低いくらいか。
客観的に見ても俺と付き合った方が良いはずだ。
あとはそのことをどうやって光に気付かせるか。
それだけだな。
この男『宮田』は、自分の勤める店舗のスタッフルームで昼食を食べながら、そんな自分勝手なことを考えていた。
頭の中でどんなことを考えようが基本的には自由だ。
何の犯罪でもない。
だが頭の中でも他人を見下し、自分を持ち上げる。
ある意味すごいメンタリティだと言える。
――ガチャ
スタッフルームのドアが開いて、見た目三十代後半のスーツ姿の男が入ってきた。
「あ、お疲れ様です!辻本マネージャー!」
「おう、お疲れ。休憩中か。表、バイトとかばっかで大丈夫か?」
そう言って声をかけてきた男は宮田の勤め先店舗含むこのエリアの担当マネージャー辻本だ。
「大丈夫です。指導してますんで。あと、エリアマネージャーの指導も良いので!」
宮田のみえみえのお世辞がさく裂した。
こんなわかりやすいゴマすりで機嫌がよくなるものだろうか・・・
「そっかそっか!そりゃ良かったわ!」
相手も単純だった。
辻本は宮田の店舗のある割と激戦区なエリアを若くして担当しているマネージャーだ。
当然社内での評価が高い、と言うことになる。
その評価が上に媚びた結果だったとしても。
宮田にとっては当然の様に『憧れ』の先輩だ。
この人の様に自分も上に行く、出世する。
その野心だけは人一倍高かった。
野心があるのは良い事だ。
人生目標があれば成長するものだろう。
--普通の人は。
人によっては自分が成長することよりも、他人を蹴落とすことで目的を遂げようとする場合がある。
宮田の場合は完全に後者だ。
権力のある人間の御機嫌を取り、それでいて下っ端を使い潰していくのが当たり前だと思っている様な、控えめに言ってクズな社会人そのものだった。
「ああ、そうだ。辻本さんちょっと良いっすか?」
宮田は『憧れ』の辻本に聞きたいことがある様だった。
「なんや?金なら貸さへんぞ。」
「ちゃいますよ!戸籍ない女ってどう思います?」
どうやら宮田の聞きたいことは『光』の件の様だ。
「なんじゃそら。そんな奴おるんか?映画かドラマの話か?」
「そんなところです。戸籍ない女と知り合ったら、辻本さんだったらどうするんかなって思って。」
一応はフィクションの体で話すようだ。
単純に変な奴と思われて評価を下げたくないだけ・・・かもしれないが。
「顔とおっぱいしだいやろ。どういう設定や?」
「あー、顔は上の上。おっぱい平均以上ってことで。」
「おいおい、マジかよ。最高やないか!。」
「ですよねー!で、どうします?」
「相手戸籍ないんやろ?つーことはまともに仕事もできへん。それどころか教養もあるのかわからん。金にも困っとるやろな・・・そんなん好きなようにヤリ放題やんけ!」
「マジっすか!!?」
宮田は大興奮していた。
「そりゃそやろ。戸籍ないとか、絶対金に困っとるやろ。金でもちらつかせれば簡単にヤレるやん。」
「確かに!そうっすね!」
「弱みでも握れればなおええな。しかも警察にも行かれへん。戸籍ないのは国民ちゃうからな。」
「なるなる・・・確かにそうっすね!」
宮田は同じ文言ばかり連呼してるが、まぁ会話は成り立っている。
「とりあえずヤルだけだったら金か弱みで余裕やろ。セフレとかにするならちょっと優しくして居場所与えたらええだけや。こんな優良な物件無いわな。」
「なるほど・・・さすがっす!勉強になります!」
宮田はこういう状況でも持ち上げることを怠らない。
「まぁ妄想の話なんやろ?そんな都合の良い女転がってるなら絶対教えろや。」
「この前映画でそんな話見ただけっすよ。」
宮田は笑いながら話を流した。
--辻本マネージャーの話は役に立った。
言っている通りだ。
気になるのは、吉田が既にその状況にしているってことだ。
『吉田のくせに』先に手を付けられたことは腹立たしい。
だが俺の方が好条件。
断る理由は無いはずだ。
それでなくとも俺は『弱み』を握ってるはずだ。
辻本マネージャーの話は役に立った。
だが、俺はその上をいく。
飽きたら辻本マネージャーにでも譲れば俺の評価も上がるだろう。
飽きなかったら一生専属にすれば良い。
どうやら俺にもツキが回ってきたようだ。
何気ない日常で何気なく宮田が考えたこと。
本人に悪気は全くない。
むしろ良い事をしているとまで思っている。
その辺に普通に転がっている、ごくごく普通のありきたりな会話と思惑。
悪意のない悪意ほど、厄介なものは----ない。
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