俺の物語には主人公だけがいない

モコ

第一章 人生が始まった日

第1話 出会い

--俺の人生の主人公は俺自身だ。


誰が言い出したのかわからないけど、割と誰でも聞いたことのあるようなフレーズだ。


間違ってはいないと思う。

でも俺の物語の主人公は、勇者でもなければ異世界に転生するわけでもないし、毎朝起こしてくれる幼馴染がいるわけでもない。

良く言って村人Aってところだ。

いや、村人Aって言うのも烏滸がましいか。

村人Aにだって人生はあるだろう。

友達(仲間)もいれば、妻(ヒロイン)だっているんだろうし、未来の勇者に話しかけられるって大仕事もあるわけだしな。

小説や漫画などにならなくとも、それなりのがあるんだと思う。


そう考えたら、俺なんて村人Aにすらなれないだろうな。

ここがRPGの世界だったとしたら登場すらしない、モブにすらなれない。

目的(魔王)も無ければ、イベントも無い。当然ヒロイン(恋人)もいない。

延々と空白のマスを進む人生ゲームみたいなもんだ。


そう。

俺の物語には主人公しかいない。

他には何もない。

何もない、まるで生き地獄な人生だ。


だからと言って死にたいわけじゃない。

それなりに人生を謳歌しているし、楽しみだってある。

某海賊漫画の結末までは読みたいし、休載ばっかりの漫画の続きも密かに待ってる。

大作RPGシリーズのリメイクの続きだって実は楽しみだ。

そんなどこにでもいる今どきありがちな平凡な若者ーー

それが俺、吉田 拓哉(よしだ たくや)だ。


だいたい名前が平凡だ。

吉田って。

佐藤とか鈴木とかみたいな全国1,2を争う名前じゃなくて

吉田だ。

よくあるけど1番じゃない。

ランキング20番くらいだっけ?

ありきたり過ぎるけど、自慢できるほどでもない。

何とも言えない微妙なライン。

その上拓哉?

当時大人気だったアイドルからとってるらしい。

そんなありきたりとありきたりを組み合わせて生まれたんだ。

大した人生になるわけないだろ。

どんなふうになって欲しかったかもよくわからん。

アイドルでも目指せばよかったのか?


そんな誰に向けているかもわからない、

いつも通りのネガティブな愚痴を考えながら

拓哉は歩いていた。


ーー2021年6月12日土曜日

梅田は相変わらずの混雑具合だ。

混雑している某駅前の家電量販店を出て、これまた混雑しているスクランブル交差点を抜ける。

ここから狭い裏路地を通って茶屋町方面に向かう。

一人で梅田をブラブラする時のルーティーンだ。


特に目的があるわけじゃない。

なんとなく家電量販店を物色して、ゲーセンに行ったり、本屋に行ったり、某大手雑貨店でオタク向けショップに行ったりする。

このルートが一番人が少なくて通りやすい。

数少ない知り合いに会う確率も低いだろう。

まぁ知り合いに会ったからと言って何があるわけでもないのだが・・・


そんなことを考えていた時だった。

通りの少し先に見知った顔があった。

(あれは、朝田さんだな・・・)


拓哉の勤める会社の同部門別部署の部長。

そこまで親しいわけでもないが、同じフロアで仕事をしている関係上良く見知った顔だ。

飲みに行くのが好きな人で、拓哉も何度か同席している。


(隣にいるのは、確か・・・川俣さんだったか?)


朝田の隣にいるのもまた拓哉の勤める会社の社員だった。

別部門でフロアも違う。

その上女性社員なもんで、顔と名前を知っている程度の人だ。


(ーー不倫か。)


見た瞬間理解した。

朝田が不倫しているのは少し親しい程度の人間でも知っているほど有名な話だ。

そもそも朝田がバツイチなのも今の妻と不倫したかららしい。

そこまで親しくない拓哉でさえ、朝田が社員と不倫しているらしい噂は聞いたことがあった。

・・・まさか、現場を目撃することになるとは思っていなかったが。


「ーーチッ」


思わず舌打ちをしていた。


(バツイチで既婚で更に不倫?なんであんな人がモテるんだ?川俣さんの方は既婚だっけ?よく知らないな。いずれにしても顔を合わせたらめんどくさそうだなぁ。)


まだかなり距離があった。

それに向こうはこっちには向かっていない。

(あっちの方は・・・確かホテルが並んでる方か。)


拓哉は明らかに苛立っていた。

(何食わぬ顔で目の前を通ってやろうか)

そんな出来もしない行動を妄想しながら歩き出した。


(なんで俺にはあの人みたいにヒロインがいないんだ。たった一人のヒロインすら・・・)


そんなことを考えている時は起こった。


一瞬何が何が何だか理解できなかった。

目の前が消えた。

体感では数分ぐらいに感じた。

走馬灯の様に拓哉の頭に今までの思い出がスローモーションで流れた。

思い出の大半は大学時代の楽しいことだった。

そして拓哉の体に衝撃が走った。


「うわっ!!」


その誰かの声と同時に拓哉は後ろに突き飛ばされ、背中に鈍痛が走った。


(ーーーー俺は、死んだのか?)


拓哉が目の前が消えたと勘違いしたが、実際には巨大な光に辺りが包まれていた。

それもほんの数秒。


・・・ゆっくりと瞼を開く。

いつの間にか目をつぶっていたらしい。

目を開けるとそこには、女性が尻餅をついていた。


「いったーい・・・」


よく見るとものすごい美人だった。

いや、可愛い系か?


「あ、大丈夫ですか!?」


女性が話しかけてきた。


「え、あ、えっと・・・はい」

拓哉は戸惑いながらも返事をした。

普通なら目の前の女性の心配をするであろう場面ではあるが、そういう気づかいが出来る程余裕がある人間ではなかった。


「よかったー!急に目の前にいるからびっくりしましたー!」

目の前の女性が笑いながら話す。


「え?あ、はい」

拓哉はなんとなく釈然としなかったが、そう返事をした。

(急に目の前に出てきたのはそっちじゃないのか?そもそもさっきのすごい光は何だったんだ?というかよく見たらこの子・・・)


「あっつー!なんか暑い!」

女性が驚いたように声をあげた。


そりゃあそうだろう。

拓哉はそう思った。


季節外れの長袖。今年は寒暖差が激しい気温だとはいえ、現在6月。

夏服か、あっても薄手の格好が普通だ。

まぁ人によるんだろうが。

その点この子の格好は

(明らかに冬服?というか何その奇抜な恰好。コスプレか何かか?)

割とアニメには精通している拓哉だったが、見たことのない格好だった。

そこまで変なわけではないが、なんというか近未来の様な感じだった。


「え?なんでー!?さっきまで寒かったのにー!?」


(この子は何を言っているんだ?)

拓哉はそう思った。

口には出せないが。


「まぁ良いや」

そう言うと女は拓哉の方を向いて、訊ねた。

「ところでここはどこですか?」

拓哉の頭は真っ白になった。

(何言ってるんだこの子?梅田だろ?梅田じゃないのか?何言ってるんだこの子???)


拓哉は周りを見渡した。

先ほどの激しい発光以前と特に変わりはない。

梅田の風景に間違いなかった。


「梅田の・・・少し北くらいですよ。茶屋町の手前くらいです。」

拓哉は答えた。


「梅田・・・?梅田ってどこでしたっけ?ここって秋葉原じゃないの?」

と女が返した。


???


拓哉は更に意味が分からなかった。

(秋葉原?日本橋ですらないぞ?なんで秋葉原???)

想像していなかった返答に唖然としている拓哉をよそに、女はキョロキョロとし始めた。


「あれ?無い!!荷物が無い!!」

女はショルダーバッグの様なものを持っているが、どうやらそれのことではないらしい。

「すみません、この辺りで本の入った袋を見ませんでしたか?」


拓哉はパニックになっていた。

ただでさえ女性との会話や付き合いなどが薄く、話すのも苦手だった。

しかも緊張するほど可愛い女。

なんと答えたらいいのか、なんと答えたら良く見えるのか。

そんな考えなくても良い事まで考えていた。


(本?袋?なんだ?なんて返したらいい?何の本ですか、とかか?いや、詮索すると嫌われるか?というかこれは何だ?美人局とかいう奴か?それとも絵画とか壺を買わせるやつか?高価な本が俺のせいで無くなったとか難癖を・・・)

と、考えなくてもいい自分でもよくわからないことまで考えたところで

思考を遮られた。


「まぁ無いならしょうがないか!」

女は笑顔でそう言った。


「それより、ここはウメダって言ってましたっけ?それってどこら辺ですか?東京にそんな地名ありましたっけ?」


「いや、えっと、大阪の梅田ですよ」

実際には東京にも梅田という地名はあるが、

ここは大阪府の中心地、北区梅田の少し北に外れた辺りだ。


「大阪!!?大阪ってあの大阪ですか!?」

女は驚いたように大声で言った。

(あのってなんだよ。治安が悪いとかそういう意味か?)

「あ、多分その大阪であってると思いますけど・・・」

と拓哉は答えた。


「なんで!?秋葉原じゃないの!?大阪!?そんなことあるんですか!?」

女は質問なのか独り言なのか、わかりづらい事を一人で連呼している。


「ていうか暑い!大阪って冬でもこんなに暑いんですか!?」

大阪である事は受け入れたのか、今度は気温について拓哉に訊ねた。


「あ、今は6月です・・・けど・・・」

「6月!?嘘!?11月でしょ!?」


何が何だかわからない。

まるで宇宙人とでも会話しているようだ。

拓哉の心情はそんな感じだっただろう。

あまりの困惑に全く話についていけず、ただただ呆けていた。


「あ、さては騙そうとしてますね?調べればすぐわかりますよ」

女は笑顔でそういうと、胸ポケットからメガネをだしてかけた。

そして手で宙をなぞったり押したりしだした。


(何してるんだこの人?)


「あれ!?なんで!?」

女はネットワークがなんだのかんだの、いや、でも、などとぶつぶつと呟き、やがて諦めた様にうなだれた。

「すみません、ありがとうございました。」と頭を下げ、「よくわからないけど、自分で調べてみます!」

と言い残して走って行った。


---この出会いが俺の人生にヒロインを生み出した。

この主人公しかいない無意味な物語に。

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