第88話 ライバル視する女子

 駒場学園高校において、菱友 香澄は皆が知る特別な存在であった。それは、香澄が稀に見る美人というだけでなく、菱友家が、この名門校の創設に深く関わっていたからである。住菱グループ創業家の力は大きい。


 しかし、この学校には全校生徒が 1,500人もいるため、中には菱友家の存在を知らない者もいる。それ以外に、知っていながら対抗心を燃やす者もいた。


 高鳥 佐智代は、そんな中の1人だった。


 彼女は、香澄ほどでは無いが、美人で優秀だった。また、父親は優良ベンチャー企業の経営者で裕福な家庭に育った。だから、自分を一番と思いたかったのだろう。


 彼女は、香澄の様々な悪口を言いふらしていたが、残念ながら 誰からも相手にされなかった。


 しかし、転機が訪れた。ケインの香澄へのアタックが影響したのだ。


 香澄がケインを無視するにつれ、それに反感を持つ女子たちが 佐知代の見方をするようになった。彼女は、そんな女子たちを自分のグループに引き入れ、前にも増して香澄に対抗する活動を行った。


 そんな ある日の事である。



「ねえ、菱友 香澄に、何か弱みってないかな?」


 佐智代は、女子空手部に入部した1年の関根 紗栄子に聞いた。彼女は、香澄を訪ねて来るケインを見て、彼に一目惚れしていた。香澄がケインを毛嫌いするのは、紗栄子にとって好都合なのだが、ケインへの態度があまりにも冷たいため、香澄に対し反感を持つようになっていたのだ。



「そういえば 部長は、上等学園高校から来ている特別師範と付き合ってるって噂があります。 ケイン先輩がそれを聞いてショックを受けてました」



「菱友家のご令嬢が相手にするって事は、さぞかし名門の家柄なんでしょ。 どんな、男なの?」



「それが …」



「何なの、ハッキリと言いなさい!」



「特別師範は、最初の噂では 超イケメンと聞いてたんだけど、実際に見るとオールバックに色付きメガネで、見た目はヤンキーそのものでした。 良くあんなのが、名門のこの学校に出入りしてると思います。 でも、格闘技だけは強いらしくて、卒業した立石先輩と数名の部員に旧武道場に呼び出された時に、ひとりで多人数をボコボコにしたって噂です」



「そんな危険な男が、この学校に出入りしてるの? でっ、そいつの 名前は何ていうの?」



「三枝 元太です」



「その、ヤンキーと菱友 香澄は、本当に付き合ってるの? 彼女は、ゲテモノ好きなの?」


 佐智代の声が大きくなった。



「噂だから、真相は分かりません」


 佐智代は、香澄が悪趣味である事を知り、自分が優位に立ったと思えた。



「そのヤンキーは、いつ この学校に来るの?」



「期間限定で、第1と第3日曜の午前中に来ます」



「次の日曜は、第1ね」


 佐智代は、思わず笑顔になった。



◇◇◇



 日曜になり、俺はいつものように駒場学園高校女子空手部の特別師範として、指導に出向いていた。指導と言っても、実は、部長の香澄が全て仕切っていたから、道場の上座に正座して見ている事が多かった。


 いつものように正座していると、制服姿の女子が訪ねてきた。



「あなたが、三枝さん?」



「はい、三枝です。 俺に何か用ですか?」



「私は 高鳥 佐智代、高校2年です。 あなたも高2なんでしょ?」



「そうですが …」


 俺は、誰かに似てると思った。


 美人だから見た目が違うのだが、転校した金子 優香に雰囲気が似ていた。不信感満載の娘だった。



「どうして、この学校に来て指導してるの?」


 佐智代は、いかにも迷惑そうな顔をした。



「この空手部の、正式な師範に頼まれたからなんです。 この学校の理事長も校長も承知しています。 あなたも空手部に入りたいのですか? だったら部長を呼びましょうか?」



「空手部に入りたい訳でないので、それには及びません。 ところで、あなたと菱友 香澄さんは、付き合ってるの?」



「友人ですが、付き合っている訳でないです。 でも、なぜ そんな事を聞くんですか?」



「別に意味はないわ。 ただ、そんな気がしただけ」



 これまでの佐智代の言動を不審に思い、俺は、わざと不機嫌な顔をして立ち上がって見せた。


 佐知代は、少し驚いたように俺を見上げて言った。



「思ったより、背が高いんだ! この学校で暴力事件を起こしたって本当なの?」



「多人数との試合はしたけど、暴力事件は起こしてない。 さっきから我慢して聞いてるが、なんで俺に挑戦的なんだ? 何をしたいんだ」



「なんでもないわ。 もう行くわ」


 俺の機嫌が悪くなってきているのを察知したのか、佐知代はこの場から逃げようとした。


 とっ、その時である。



「あなた、誰なの?」


 いつの間にか、香澄が来て2人の会話に入った。



「私は 高鳥 佐智代、菱友さんは当然知ってるはずよね」



「同学年の生徒は 500名位いるわ。 悪いけど知らないわ」



「私を知らないなんて失礼だわ。 少なくとも私は常にあなたの事を気にしていたのよ。 それなのに …」


 佐知代は、ライバル視していた香澄に知らないと言われた事に、相当なショックを受けていた。



「確かに、この学校の制服を着てるから ここの生徒だと思うけど、それであっても、休日の道場への入室には許可がいるわ。 校則違反で届け出るわよ」



「待って、1年の関根 紗栄子さんに言われて見学に来たのよ。 入室に許可がいるなんて知らなかった」



「なぜ、見学したいの?」



「空手に興味があったの。 でも、入部を希望してる訳じゃないわ」



「関根、直ぐに来て!」


 香澄は、大声で紗栄子を呼んだ。



「押忍、部長。 なんでしょうか?」


 紗栄子は、走って来た。



「この生徒が、あなたに言われて、道場見学に来たと言ってるけど本当なの?」



「部長、私は こんな人 知りません! 適当な事を言うな!」


 紗栄子は、佐智代を睨みつけた。



「そんな、あなただって菱友の悪口を言ってたじゃない」


 佐知代は、小さな声で呟くように言った。



「嘘を言うな、許さないぞ!」


 紗栄子は、佐知代を完全に切り捨てた。女の世界は怖いものである。



 その後、香澄は 佐知代の事を校則違反で届け出た。今回の件があり、香澄は 佐知代の事をしっかりと覚えた。

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