第85話 立石とケイン

 俺は、ケインを睨みつけた。


「良く、香澄の事を調べたな。 しかし、立石が一緒とは驚いたぜ。 空手とボクシングの経験者が、2人がかりで来るなんて光栄な事だ。 俺も本気で相手をしてやるから命掛けで来いよ!」



「強がりを言うのも、そこまでだ。 どうやって2人を相手にするんだ?」


 ケインは、ボクシングの構えをして俺を挑発した。



シュッ、シュッ


 ケインは、軽くジャブを放ったが、俺は 何とかかわした。



パンッ


 次に、放ったジャブが、左肩にあたった。



「おいおい、そんなんじゃ俺が加勢したら避けられないぞ!」


 立石が、ニヤニヤして言った。



(フットワークでは勝てない、体当たりで行くか)


 俺は、平垣を背にして立った。



「ロープぎわに追い詰めたぞ!」


 ケインは、ニヤついて近づいて来た。その時である。



ドスッ



「ウゲッ」


 平垣に背中を押しつけた後、その反動を利用して、ケインの急所目掛けて、右肩を勢いよくぶつけた。



 ケインは、思わず倒れ込んだ。俺は、すかさず左腕を取り、逆関節をきめ捻り上げた。



ビキッ



「ギャー」


 ケインは、痛みでのたうち回った。




 次に、立石に無言で近づくと、低くかいくぐり、右足を払った。


シュッ



 立石は、それを受け流し、逆に低く回し蹴りを放って来た。



シュッ



 俺は、それをギリギリでかわした後、右肩に勢い良く体当たりした。



ドンッ



「痛ってー」



 立石は、かろうじて立っていた。


 その状態から両肩を掴み、上体をのけ反らせると同時に足を刈って転ばせた。



ドスッ



「痛てー。 卑怯だぞ!」



 俺は、立石の言葉を無視し、右肩の関節に打撃を与えた後、捻り上げた。



 ビキッ



「ギャー」


 立石の、右肩が再び外れた。



「喧嘩はスポーツと違う事が分かったか!」


 俺は、2人を見下ろして言った。



「やめろ、乱暴すんな! ウゲ〜」


 俺は、立石の外れた肩を蹴飛ばしてはめた後、2人を置き去りにして無言で立ち去った。



◇◇◇



「ケイン。 だいじょうぶか?」


 車の中で、立石が心配そうに言った。



「イテー、筋を切られた。 医者に連れて行ってくれ」


 ケインは、痛みに耐えながら脂汗を流していた。



「警察を呼ぶか?」


 立石が聞くと、ケインは物凄い形相で睨んだ。



「そんな恥知らずな事ができるか! クソー、クソー」


 ケインは、大声で叫んだ。



「分かった、直ぐに病院に行こう」


 立石は、焦って返事した。


 その後、ケインは夜間の救急病院で治療を受けた後、母と2人で暮らすマンションに帰った。


 

◇◇◇



「エッ、左腕をどうしたの?」


 ケインの母が、驚いて聞いて来た。



「ボクシングの練習で、痛めちまった」



「嘘でしょ。 ここはアメリカと違って日本だから、大人しくしてよね。 問題を起こすと、おじいちゃんからの援助が止まってしまうわ」


 ケインの母は、困った顔をした。



「何で、そんなに気を使う必要がある。 おじいちゃんは、パパの事だって認めてなかった。 俺の事だって恥に思ってるんだろ! パパのところに帰りたい」


 ケインは、顔を歪めた。



「パパは事業に失敗したのよ。 だから、私はパパと別れて日本に帰ったの。 あなたは、頭が良いから、一流の大学を卒業すれば周りに見直されるわ。 アメリカにいた時のようにトラブルを起こしちゃダメ。 それが、あなたの為でもあるの」


 ケインの母は、諭すように言った。



「従兄弟の徹は良いよな。 大学を落ちても浪人させてもらってさ」



「徹は、立石家に嫁いだ私の妹の子供だから、田嶋家とは関係ないのよ。 ケインは田嶋家の人間なの」


 

「家がどうとか、俺には理解できないよ。 嫌なら援助しなければ良いだけのことさ」



「そんな事を言わないの。 援助のおかげで、こうして良い暮らしができてるのよ。 兄の子どもが田嶋の跡をとるけど、おじいちゃんに気に入ってもらえれば、ケインも役員になれるかも知れない」



「俺は、そんな事を望んでない。 パパのように自分で事業を起こす。 ママは いつも田嶋の会社の事を言うが、たかが、日本の中小企業じゃないか」



「あなたが、どう思おうと良いわ。 だけど、日本にいる間は、今の話しを絶対にしないで。 たかが中小企業の会長の おじいちゃんの援助で暮らしてる事を忘れないで」


 ケインの母は、目を真っ赤にして怒った。



「分かったよ。 ママには迷惑をかけないから、安心して。 それより …。 ママに お願いがあるんだ。 高校なんだが、徹が通ってた 駒場学園高校に行きたいんだ。 ダメか?」



「おじいちゃんから、上等学園高校に入れる事を条件に、大学までの援助を取り付けたんだけど、駒場学園高校は、歴史のある名門の進学校だから、反対しないと思うわ。 立石家に対抗できるから、おじいちゃんは 賛成すると思う。 ケインなら学力的に問題ないわ。 徹は、東慶大学に落ちたから …。 ケインが、その大学に合格できたら おじいちゃんは自慢ができる。 直ぐに段取りするわ」



「早く頼むよ」



「ケイン。 あなたは素敵な息子よ。 愛してるわ」



「分かってるさ。 俺も愛してる」


 そう言うと、ケインは自分の部屋に向かった。



(駒場学園高校に入れたら、菱友 香澄にも近づける。 彼女と上手く行けば、日本有数の大企業の役員になる事も夢じゃない。 身内を見返してやる。 そのために、明日から好青年を演じる。 三枝に謝罪する事から始めよう)



「見てろよ。 俺はのし上がって見せる!」


 ケインは、ニヤッと笑った。



◇◇◇



 翌日の朝の事である。



「おい、三枝。 3年のハーフのイケメンが、おまえを訪ねて来たぞ」


 加藤が、興味深げに声を上げた。俺は、廊下に出た。



「何か用か?」



「ああ …。 実は、謝りに来た。 俺は、事業に失敗したパパを捨てて、ママと日本に逃げて来たんだ。 ムシャクシャして、全てが嫌になり、自分勝手だったよ。 だがな、おまえに喧嘩で負けて目が覚めたよ。 今後は、誠実に行動する。 まずは、君に謝る事から始めようと思ってな。 俺は 歳上だが、日本での友人になってほしい」


 ケインは、顔を赤くした。



「気にする事は無いさ。 全てを水に流すさ」


 俺は、清々しい気持ちになった。



「そうか、ありがとう」


 そう言うと、ケインは自分の教室に戻って行った。

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