第86話 夜の訪問者

 金曜の夜の事である。


 自宅に帰り、帰宅の遅い両親の夕食を作っていると、インターホンが鳴った。



「夜分に、失礼いたします。 菱友家の運転手、武藤でございます」



「突然、どうしたんですか?」


 俺は、不思議に思った。



「実は …」



「元太さん、久しぶり。 静香です」


 背後から、元気の良い声が聞こえた。



「突然、どうしたんだ?」



「お姉様と、頻繁に会ってるでしょ。 知ってるんだから! 今度は、私と付き合ってよね …。 それより、家に入れてちょうだい」


 武藤に代わり、静香が前に出て来た。



「分かった。 両親の帰りも遅いし問題ない」



「えっ、ご両親にご挨拶できないの? 寂しいわ」



「まあ、入りな」



「はい。 武藤は、車で待機していて」



「承知しました」



 俺は、静香を招き入れた。リビングに通すと、静香は不思議そうな顔をした。



「ここは小さい家だけど、別宅なの?」



「いや。 ここに両親と3人で住んでる」



「3人で? でも、掃除が行き届いてるから、使用人はいるんでしょ」



「いない。 掃除は、主に俺がしてる」



「本当なの!」


 静香は、驚いて目を丸くした。



「ところで、用事は何だい?」



「そうね。 まずは、元太さんのスマホの連絡先を教えて」



「それだったら、君の姉さんが知ってるよ」



「お姉様は、私をライバル視してるから教えてくれない。 それにお父様も、私が中学生だから恋愛は早いって教えてくれないのよ。 だから、武藤に言って 直接来ちゃった」


 静香は、涼しい顔で笑った。



「学生の本分は勉学だから、恋愛は早いさ。 俺は、誰とも付き合わないよ」



「そんな事を言って、お姉様とは、結構頻繁に会ってるんだから不公平よ」



「香澄さんとは、3ヶ月間だけ、空手の特別師範として会ってるんだよ。 それだけさ」



「おかしいわ。 お姉様は、以前とは別人のように優しくなったわ。 元太さんがいるからよ」



「そんな事はないさ。 誰しも機嫌が良い時と悪い時はあるさ」



「とぼけちゃって、まあ良いわ。 でも連絡先は教えてよね。 でないと今日は、ここに泊まるわよ。 私は本気なんだからね」



「困ったな。 それより、来年は高校受験だろ。 こんな事してて良いのか?」



「私は、今の学校では学年で常に3番以内よ。 塾の全国模試でも、総合で 100番以内だから、どんな難関進学校でも合格圏内にあるの。 だから問題ないわ」



「そうなのか。 姉の香澄さんも勉強できるからな」



「そうね。 お姉様も全国模試で常に100番以内よ。 同じ位 勉強できるわ」



「元太さんは、全国模試はどうなの?」



「お恥ずかしいが、塾に通った事がないんだ」



「本当なの? それで良く上等学園高校に合格できたね …。 言いたくないけど、元太さんのお父上の元晴おじさまも、私のお父様と同じ東慶大学を卒業してるんだから、負けないように頑張らないとね! 塾に通って勉強する習慣を付けた方が良いよ。 今度、私と勉強する?」


 静香は、俺の成績が振るわないと思ったようだ。



「心配してくれて、ありがとう。 自分で何とかするさ」



「大学受験は直ぐよ。 油断しちゃダメ!」



「高校受験を控えてる静香さんに言われるのも変だな。 ところで、高校はどこにするか決めてるのか?」



「両親から、駒場学園高校に行くように言われてるけど、元太さんが3年にいるなら上等学園高校でも良いかなと思ってる」



「それは変な考えだぞ。 駒場学園高校に行くべきだ。 そんな事より、夕食の支度が途中なんだ。 そろそろ帰った方が …」



「料理を作れるなんて凄いね。 私に教えてよ」


 静香は、俺の言葉をさえぎった。



「良いが、今度な。 連絡先を教えるから、今日は帰りな」


 俺は、電話番号とメールアドレスを教えた。



「そうね。 そろそろ帰るわ」


 静香と話した直後の事である。玄関のドアが開いた。



「元ちゃん、帰ったよ。 えっ、お客さんなの?」


 母が帰って来た。


「母さん、今日は 早いじゃないか?」



「今日は早上がりよ。 あら、可愛い娘さんね。 でも、夜遅くに来て感心しないわ」


 母は、優しく言った。



「すみません、私が 突然 訪ねたんです」



「もしかして、菱友のお嬢様? 香澄さんかしら」



「いえ、妹の静香です。 中学3年です。 以前、お父様と元太さんと3人で夕食を食べた事があったんですが、懐かしくて来てしまいました。 夜、遅くにすみません」


 静香は、臆さずに話した。



「ご両親は、ここにいる事を知ってるの?」



「はい。 運転手の武藤がいるから、連絡はだいじょうぶです」



「分かったわ。 それじゃ、武藤さんも呼んで夕食を一緒にどう?」



「本当ですか? 嬉しいです。 でも、元晴おじさまが帰ってないですが?」



「あの人は、今日は泊まりになるって連絡があったわ。 だから、気にしないで」



 静香に話した後、母は普段着に着替え調理場に割り込んで来た。


「元ちゃん、あとは任せて!」



「分かった。 仕込んであるから、温めるだけだからな」



「ありがとう」


 母は、小声で言った。



 リビングに行くと、静香が話しかけて来た。


「元太さんの母上は、凄く美しい人ね。 私のお母様も評判の美人だけど、それ以上に美しいわ。 ねえ、元太さん、メガネを外して見せて」


 静香は、興味深そうに見た。



「俺の顔を、そんなに見るなよ! 母さんが綺麗でも俺は違うさ」



「ふ〜ん」


 静香は、目を細めた。



「さあ、夕食ができたわよ。 皆んな来て」


 母の声がした。



 その後、運転手の武藤を招き入れ、4人で夕食を食べた。結局、食べ終わり静香が帰宅したのは、午後11時を少し過ぎていた。

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