第3節 2人のマドンナ

第74話 特別師範

 時は過ぎ、俺は高校2年になった。涼介がいなくなり、何事もなく退屈とも言える高校生活を送っていた。相変わらず孤立していたが、さして気にはならなかった。


 しかし、転校した 貴子と安子を懐かしむ気持ちが消せず、未だに思い出してしまう。未練がましいと自分でも恥ずかしくなる。


 決して自分からは連絡しないが、逢いたい衝動に駆られてしまう時があるのだ。恥ずかしながら、こんな俺でも恋をしたいのだろう。


 そんな、ある日の事である。


 夜、部屋で くつろいでいるとスマホが鳴った。着信を見ると才座からだった。



「元太か、夜分にスマン。 今、電話良いか?」



「はい。 だいじょうぶです」



「実は、折り入って頼みがあるんだ」



「自分に出来る事なら良いですけど?」



「元太にしか頼めない事だ」



「えっ、なんでしょうか?」


 俺は、嫌な予感がした。



「実は 仕事の都合で、急遽 明日から 3ヶ月間ほど アメリカに行く事になった。 たまに日本に帰るが、この間はタイトなスケジュールが続く事になる。 俺がいない間、第1と第3の日曜に、女子空手部の特別師範を頼みたいんだ」



「あの〜。 その話は、断ったはずですが?」



「ああ、分かってるさ。 でもな、元太は 転校も断ったし、俺の家に来てもくれん。 付き合いが悪いぞ! 実は今回の件は、俺が不在となる事以外に、女子部員から 君に師範を頼んでくれとの要請を叶えるための意味合いもあるんだ。 部長の香澄も困ってるんだよ。 特に、上級生の部員の突き上げが酷くてな」



「・ ・ ・」


 俺は、言葉に詰まった。



「なあ、頼むよ!」



「上級生に言われるのが辛いのは分かります。 でも、なんで 香澄さんは、上級生を差し置いて部長になったんですか? 住菱物産創業家の血筋だから、皆が忖度したんですか?」



「住菱物産創業家は関係ない。 この学校の空手部は歴史があるが故に、他と比べ変わった しきたりがあるんだ。 部長を選ぶ方法も独特なんだよ」



「普通は、最上級生の中から人選するのでは?」


 俺は、不思議に思い尋ねた。



「ここは違う。 下克上選抜で部長を決めている。 方法は、名前の通りだ」



「強い者が選ばれるんですか?」



「個人戦を行い、優勝した者が部長となる。 香澄もそうして選ばれたんだ」



「でも、それだったら、実力のある部長が部員にビシッと言えば、皆が従うのでは?」



「それが、香澄自身もビシッと言えないんだ。 なぜか分かるだろ」



「・ ・ ・」


 俺は、分からなかった。



「香澄も、君に来てほしいと願ってるんだよ。 部員と同じ気持ちなんだ。 なあ、元太。 俺の顔に免じて 3ヶ月間だけ、女子部員の特別師範を引き受けてくれ。 頼む!」 



「はあ …。 分かりました。 但し、3ヶ月間だけですよ」



「良かった。 学校へは、車で送迎させるからな」



 結局、才座に押し切られ 承諾してしまった。



◇◇◇



 日曜の朝になった。


 インターホンが鳴り、母が出た。



「朝 早く、失礼いたします。 三枝様のお宅でしょうか?」



「はい。 どちら様でしょうか?」



「私、菱友家の運転手をしております、武藤と申します。 元太様をお連れに来たのですが、お呼びいただけますか?」



「はい、少々お待ちください」



「元ちゃん。 菱友家の運転手の方が来たけど、今日、何かあるの?」


 母は、不審な顔をした。



「ああ。 才座さんが仕事でアメリカに行って不在になるため、代わりに 3ヶ月間だけ、空手部の特別師範を頼まれたんだ。 それで、第1と第3日曜に車が迎えに来るんだ」



「子供達にでも教えるの?」



「いや それが、相手は高校生なんだ」



「えっ、自分と同じ高校生なの? 元ちゃん、仏頂面してだいじょうぶなの?」


 母は、心配そうな顔をした。



「強引に頼まれて断れなかったんだ。 取り敢えず、行ってくるよ」



「そうなの」


 母は、俺を見つめた。



 すると、父が口を挟んで来た。


「その話は、才座から聞いてるぞ! 女子空手部の特別師範の件だろ? 部員達も元太が来るのを切望してると言ってたぞ」


 父が、ニヤニヤして言った。



「なに、それ。 教える相手は女子なの? 1年生の時に 才座さんと空手の練習に行ったよね。 まさか、その時の部員なの?」


 母は、嫌な顔をした。



「実は、そうなんだ。 でも、あの時は男子空手部もいた」



「男子部員は、どうでも良いわ。 まさか、メガネを外した素顔を女子部員に見られた?」



「組手をする時に外したけど、それがどうかしたのか?」



「そうか、組手の時に外したんだ …。 それでか。 言っとくけど、女子部員から告白されても相手にしちゃダメよ」


 母は、目を細めて言った。



「俺に告白する女子部員はいないから、その心配は無用さ」


 俺は、母が言う事の意味が分からなかった。



「どうせ 香澄さんも 居るんでしょ?」



「ああ。 彼女は部長なんだ」


 母は、ごまかせないと思った。



「やはりね。 彼女も同じ事よ。 相手にしたらダメ。 分かった!」


 母は、強く言った。



「ああ、分かったよ」


 香澄が、俺の事をマザコンと言ったのを思い出してしまった。



「元太が気が進まないなら、俺が行こうか?」


 父が、ニヤニヤして言った。



「それは、良い考えだわ。 元ちゃん、そうしたら? お父さんは、才座さんの親友だから、文句は言わないと思うよ」



「それじゃ、俺がマザコンに思われるかもしれない」


 俺は、小さな声でつぶやいた。



「なんで、行かないとマザコンになるの? 誰かに言われたのね。 そうか、香澄さんね!」


 母は、マザコンと言った相手を見抜いてしまった。その後、大きな声で続けた。



「でも、マザコンだって構わないじゃない。 私は、元ちゃんを溺愛してる事を隠さない。 世間には、良くある話だから、恥ずかしい事で無いわ」


 母は、自信に満ち溢れた顔をした。



「元太、早く行きなさい。 母さんは、俺とデートするからさ。 なあ 香織、良いだろ?」


 父が、母を見つめた。



「えっ、今日はどこに行くの? まあ、良いけど」


 母は、少し嬉しそうだ。



「もう行くよ」


 俺は、逃げるように家を出た。

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