第31話 複雑な想い(貴子主観)

 私が、小学6年の時、父が経営している会社の負債が原因で、両親が離婚した。凄くショックだった。母と離婚してから、父は、家を顧みない人間になってしまった。そんな、父の姿に、憤りを感じた私も、投げやりで、真心の無い人間に変わってしまった。それが、自分を貶める行為だと分かっていても、どうする事もできなかった。


 そんな私でも、父が輝いていた頃の憧れである、研究者になる夢だけは捨てられなかった。この夢を叶えるために、勉強だけは、変わらずに続けた。投げやりな 私に残ったのは、唯一 これだけだった。


 表面上の付き合いの友達は多くいたが、親友と呼べる者は1人もいなかった。しかし、それさえも、どうでも良かった。


 だけど、そんな私にも、初恋はあった。素敵と思える男子が現れたのだ。それは、中学3年の時だった。


 初恋の彼は、イケメンで、頭が良く、スポーツもできた。さながら、テレビに映る、美少年アイドルのようだった。しかも、大企業の御曹司なのに威張る事がなく誰にでも親切で、周囲からの信頼も厚かった。まさに、非の打ち所のない男子だった。だから、ほとんどの女子は、彼に憧れていた。


 父は、離婚後 直ぐに再婚し、後妻と その娘を家に入れ、私の居場所を無くした。家に帰らない父から、心配される事はなかった。自分は、いつも孤独で、なるべく家に帰らず 図書館で勉強ばかりしていた。こんな、複雑な家庭環境が影響し、彼への憧れは どんどん強くなって行った。



 彼の名前は、桜井 涼介といった。しかし、どんなに好きでも、恥ずかしくて、私から告白などできなかった。だから、実ることがない恋だった。


 それが、転機が訪れた。何と、高校に入った5月の連休明けに、彼から告白されたのだ。その時、私は、飛びあがって喜んだ。本当に嬉しかった。


 しかし、そんな彼の気持ちは、嘘で塗り固められていた。彼は、私がいるのに、クラスメイトの、田中 安子にも告白していた。また、2年の、細木 沙耶香にも告白していた。後で分かった事だが、彼は、皆んなに嘘をついていたのだ。平気で嘘を付ける彼の正体を知って、私は、彼に幻滅した。



 だから、三枝 元太と付き合う事ができた時には、これまでの、自分の浅はかさを深く反省した。元太と出会って、昔の素直な頃の自分に戻れた。元太は、私に取って、信頼のできる、かけがえの無い人になった。



 そんなある日、父から、会社を倒産から救うため、涼介と婚約してほしいと言われた。私は、涼介の本性を知っているから断りたかったのだが、父の泣く姿を見て、思わず承諾してしまった。涼介は、元太を傷つけるためだけに、この事を画策したように思う。それを許す親も、普通じゃないと思った。



 それでも、元太を捨てて、涼介を選んだ。やはり、私は、最低の女なのだ。


 私は、自分の身勝手さに嫌気がしていた。そして、日々、やつれて行った。たまに会う父でさえ心配した。このままだと、私は、消えて無くなってしまう気がした。



 そんな中、昨日の放課後、安子に連れられて、城東公園の観覧車乗り場に行った。そしたら、なんと元太がいた。私は、元太を見て、思わず泣いてしまった。2人は、私を助けてくれると言う。本当に嬉しかった。私の暗く落ち込んだ気持ちが、晴れた気がした。結果がどうなろうと、こんな私を助けてくれる2人がいる事が、嬉しかった。自分は 1人じゃ無いと思うと強くなれた。何より、元太が 私の事を、まだ好きだと言ってくれた事が嬉しかった。


 解決の目処がつくまでは、涼介に本心を悟られ無いようにしなければならない。また、涼介との状況を、安子へ毎日連絡する。元太への連絡は、涼介に発見された時のリスクにつながるから我慢する。私は、2人から、再び頑張れる気力をもらった。



◇◇◇



 今日の昼休みも、涼介に連れられて、学食に行った。


 涼介は、不機嫌な顔で、私を見た。



「昨日のことは、安子が、俺と寄りを戻したいからって、強引に仕組んだことだから許すが、契約違反はするなよ。 お前だって、この俺といられるんだから、本当は、嬉しいんだろ!」



「契約違反に関しては悪かったわ。 それから、涼介といられて嬉しいよ」


 私は、涼介に怪しまれないように、心に無いことを言った。



「この後は、絶対に怪しい行動をするなよ!」



「うん、分かった」


 私は、元太と安子に励まされた事で、心を持ち直していた。だから、迷わず嘘も言えた。



「ところで、元太の奴、最近学食に来ないようだな。 どこに行きやがったんだ」



「涼介。 三枝さんは、もう関係ない人だから、気にしなくて良いよ」


 私は、涼介をあざむくため、元太の事を、三枝さんと言って、もう過去の人であるかのように振る舞った。



「俺が、気になるんだよ! まあ、貴子が俺になびいたから良いがな」


 この言葉を聞いた時、涼介に憧れていた頃を思い出し、複雑な気持ちになった。



「うん。 三枝さんに、気持ちは無いから、だいじょうぶだよ」


 私は、元太への気持ちを隠すため、努めて明るく振る舞った。



「えっ、本当にそうなのか?」


 涼介の驚いたような顔見て、ドキッとした。こんな気持ちが まだある事に、自分でも驚いた。



「何か、私の顔についてる?」


 涼介が、私を見つめるので、恥ずかしくなり、思わず聞いてしまった。



「いや …」


 なぜか、涼介の中に、孤独で寂しい姿が見えた気がした。酷い事をされているのに、彼を救ってあげたいと思えた。



「涼介。 何か悩みがあるの?」


 私は、思わず聞いてしまった。 



「えっ」


 涼介は、凄く不思議な顔をして私を見つめた。すると、目から涙がスーッと流れた。



「何でもない。 悪いがもう行く」


 ひとこと言うと、涼介は、私を残し席を立ってしまった。


 涼介の涙を見た時、締め付けられるように胸が痛くなった。あれだけ嫌いだと思ったのに、まだ気持ちがあることに自分でも驚いていた。

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