第29話 それぞれの想い

 観覧車から降りて、安子に事情を説明していると、突然、貴子のスマホが鳴った。着信を見ると、涼介からだった。貴子は、咄嗟にスピーカーフォンにして聞こえるようにした。



「貴子、どこにいるんだ? 図書館とか探したんだぞ! これは、完全に契約違反だ。 うちの会社の買収を止めるぞ。 お前の父親に連絡するからな!」


 涼介は、珍しく声を荒げていた。



「それは、ダメ。 ごめんなさい …」



「契約に違反した理由はなんだ? 早く、答えろ!」



「はい …」



 貴子が、答えに窮していると、安子が、貴子のスマホを取り上げて話し始めた。



「涼介、久しぶりね! 私が誰か分かる?」



「安子。 お前が、貴子を連れ出したのは、知ってる。 何を企んでる?」



「涼介が、理不尽に私を捨てたから、貴子に文句を言ってやったわ。 あなたたちを別れさせて、寄りを戻せるかと思ったのよ。 ねえ、あなたの気持ちは、どうなの?」 



「安子が、俺を好きな気持ちは分かってる。 だけど、俺たちは、別に、付き合ってた訳じゃないんだ。 前にも言ったが、勘違いさせたんなら謝るよ。 俺は、貴子と付き合ってるんだ。 だから、諦めてくれ。 お前ほどの美人なら、俺、以外にいくらでもいるだろ」


 涼介は、優しく諭すように言った。いつもの口調に戻っていた。



「涼介は、勘違いだと言うけど、私のことが好きとメールに書いて送ったじゃん。 あれは、何なの? 人をバカにするのも、いい加減にしてよ!」


 涼介の話しを聞いて、安子は、思い出して、怒りが込み上げたようだ。



「あれはな。 お互いジョークを言い合うこともあるだろ。 だから、本心じゃないんだ。 勘違いさせちゃったな …。 ハハハ。 そろそろ、貴子と代わってくれないか?」


 涼介は、しどろもどろになっていた。



「代わるもんですか! 説明になってないわ」


 安子の顔が、楽しそうだ。



「貴子に、分かったと伝えてくれ」



プツ



 そう言うと、涼介は、電話を切ってしまった。



「やはり、あいつの性格は異常よ。 気持ちの悪い奴!」


 安子が、目をしかめて言った。その顔を見て、3人は、大笑いした。



◇◇◇



 翌日の昼休みに、定食屋に行こうとしたら、背後から声がした。



「ねえ、元太。 最近、学食行ってないでしょ。 どこで食べてるの?」


 振り向くと、安子が、ニコニコして立っていた。



「ああ。 安子か」


 いつもより綺麗なんで、思わず見惚れてしまった。


 

「お前。 何か、いつもと雰囲気が違うな」


 安子に気持ちを悟られないよう、直ぐに目を逸らした。



「元太ってさ。 ムッツリしてるけど、案外見てるよね。 髪型よ〜ん!」


 なぜか、嬉しそうだ。



「安子さ。 改めて見ると、お前って背が高いよな」



「そうね、身長は 172センチよ。 スリーサイズは秘密よ! でも、元太も背が高いじゃん。 どの位あるの?」



「ああ、身長は 185センチだ」



「じゃあ、私とお似合いね。 ちなみに貴子は 163センチしかないよ。 元太、それで良いの」


 安子は、冗談ぽく話した。


 安子は、貴子と、学年で一二を争う美人である。しかも、身長が高く、スリムでモデル並みの体系だ。貴子は、可愛いタイプの美人だが、安子は、正統派の美人で、近寄りがたい感じがある。しかし、打ち解けると、ひょうきんな性格だった。そのギャップが可愛い。それを、ふと思った時、なぜか、俺は罪悪感を覚えてしまった。貴子が初恋の人だと、自分に言い聞かせた。


 安子は、同性から見てもかっこ良いらしく、なぜか、女子からも人気があった。そんな俺と安子の様子を、周りの女子たちは、好奇の目で見ていた。



「お前、俺に話しかけて、大丈夫なのか?」



「確かに、ハブられる可能性があるけど、気にしない事にしたわ。 元太のことが分かったから」


 安子は、俺に微笑んだ。



「何だよ、それ」


 俺は、凄く嬉しかった。



「それより、お昼なんだけど、私も連れてってよ!」


 

「まあ、良いけど。 だけど、お前、弁当を持って来てるんじゃないのか?」



「ううん、だいたいは学食なのよ。 私が居ることに気づかなかった? さあ、今日は、どこに行くのかな~?」


 安子は、おどけて見せた。



「じゃあ、ついて来いよ」



 俺が言うと、安子は、サッと俺の横に並んだ。俺の身長が高いから、背が高い安子と並ぶと、ちょうど良い感じになる。



「さあ、行きましょう!」


 安子は、笑顔で俺を見た。



◇◇◇



 学食でのこと、涼介は、いつものように貴子を連れて来ていた。



「昨日のことは、安子が、俺と寄りを戻したいからって、強引に仕組んだことだから許すが、契約違反はするなよ。 お前だって、この俺といられるんだから、本当は、嬉しいんだろ!」



「契約違反に関しては悪かったわ。 それから、涼介といられて嬉しいよ」


 貴子は、涼介に怪しまれないように、心に無いことを言った。



「この後は、絶対に怪しい行動をするなよ!」



「うん、分かった」


 貴子は、元太と安子に励まされた事で、心を持ち直していた。



「ところで、元太の奴、最近学食に来ないようだな。 どこに行きやがったんだ」



「涼介。 三枝さんは、もう関係ない人だから、気にしなくて良いよ」



「俺が、気になるんだよ! まあ、貴子が俺になびいたから良いがな」


 涼介は、一瞬、声を荒げたが、直ぐにいつもの調子に戻った。



「うん。 三枝さんに、気持ちは無いから、だいじょうぶだよ」


 今日の貴子は、いつに無く明るい。



「えっ、本当にそうなのか?」


 涼介は、驚いたような顔をして貴子を見つめた。



「何か、私の顔についてる?」



「いや …」


 涼介は、いつもと違う貴子に戸惑った。そして、夢の中に出てくる女性に、その姿を重ね、鼓動が高鳴っていた。

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