第28話 貴子の本心

 俺は、貴子の肩に、両手を置いて優しく話した。



「貴子を、助けたいんだ。 君の親父さんとも話しは通じてる。 だから、隠す必要はない。 俺は、今でも、君のことが好きさ。 だから、貴子の口から真相を聞きたいんだ!」


 俺は、口から出まかせを言った。但し、貴子を好きな気持ちだけは本心だ。



「元ちゃん」


 貴子は、ひとこと言って俺を見つめた。



 安子は、そんな様子を食い入るように見ていた。俺は安子に言った。



「観覧車に乗って貴子から話を聞くよ。 2人乗りだから、悪いが下で待って居てくれ」



「分かったわ。 でも、元太、雄弁で いつもと別人みたい。 素敵よ。 あっ、貴子ゴメン」


 安子は、バツの悪そうな顔をした。



 俺は、貴子と観覧車に並んで乗った。



「元ちゃん、この観覧車は鬼門よ」


 貴子は、以前のように笑った。



「前に乗った時はケンカしたけど、今日は、幸運を招いてくれる。 貴子、ゆっくりで良いから聞かせてくれ」



「うん」


 貴子は、俺の手を取り、強く握りしめた。その後、ゆっくりと話し始めた。



「この前、父のことや会社のことを話したよね。 父の会社を買収する相手企業は、桜井興産だったの。 佐々木と言う人を通じて、父に申し入れがあったんだけど …」


 貴子は、俺を見た。



「企業買収の条件として、あり得ない内容なの。 大きな条件として、私が元ちゃんに会わないことと、涼介と交際し婚約することの2点があった」


 貴子は、呆れたような顔をして、俺を見た。



「涼介らしいや。 よく、奴の父親が許したものだ」



「変な親子よ。 だから、絶対に嫁ぎたくない!」


 貴子は、俺を直視し、そして、続けた。



「企業買収は、田村と言う企画部長が進めてるけど、この人はマトモよ。 でも、条件を提示して来た佐々木は、少しガラが悪くて信用できない感じ。 この2人は、仲が悪い見たいで、完全に仕事を棲み分けしてる。 でも、父は、自分の会社の負債の問題が解決できることや、私が大企業の御曹司に嫁ぐことになるので、賛成してる。 父が憔悴する姿を見たくないから従ったけど、何もかもが嫌になって、消えて無くなりたくなる」


 貴子は、声を上げて泣き出した。やはり、前の貴子と違って、精神が不安定になっているようだ。



「父は、愛する妻と別れてまで、会社を守ろうとした。 だから、この会社を絶対に潰せないと言った。 でも、私は、そんな会社が憎いよ」


 貴子は、シャクリを上げながら話した。



「父は、会社を倒産させたく無いから、藁にもすがる思いで、契約を交わした。 そこには、私の行動についての制限も書かれているの。 私は、父が可哀想で承諾したわ。 契約書によると、夏休み中に婚約することになってるの。 それまでに、桜井興産の企業買収以外の方法を探さないといけない」


 貴子は、再び暗く沈んだ。



「親父さんは、貴子の本心を知らないのか?」



「私が、暗く落ち込んでいるのを見て察したようで、他に、会社を救う手だてが無いか探して見ると言ってた。 でも、本気で言ってるか分からない」 


 貴子は、再び下を見た。



「貴子。 企業買収と婚約の話しは別ものさ。 人権に関わるような内容を、企業買収の契約に盛り込める訳がない。 だから、田村と佐々木とで、窓口が2つあるのさ。 田村との契約は、どうなってる?」



「企業買収の契約は、時間がかかるみたい。 でも、父は、会社の体力は持って1年と言ってた。 それまでに解決策を見つけなければならないの」


 貴子は、再び暗くなった。



「なあ、貴子。 佐々木を通じて交わした契約の内容を、詳しく教えてくれ」



「代理人の佐々木と涼介、私の父と私の4人が立ち合って書面を交わした。 契約書は写真に撮ったから、元ちゃんのスマホに送るね」


 貴子は、画像を俺のスマホに送った。着信すると、直ぐに目を通した。


「何だよ、この特約見たいな内容は?」


 俺は、思わず貴子を見た。



「普通、考えられないと思う」


 貴子も、困った顔をした。



「昼食は涼介と学食で食べること、放課後は、涼介と過ごすこと、周りに楽しそうに振る舞うこと、全て、貴子に強要する内容じゃないか! これは、人権蹂躙じゃないのか? あっ、この、結婚するまでは、体の関係は持たないこととあるが、これは貴子が言ったのか?」



「私の気持ちを汲んで、父が加えてくれたんだ」



「良かった」


 俺は、安堵した。



「元ちゃん、誤解しないで! 私は、手も握らせてないからね。 それに、涼介も、私と本気で交際したいと思ってないはずよ。 彼は、自分のことが好きで、それが全てなの。 元ちゃんの事を困らせようとするのは、自分より秀でているから。 涼介は、そんな人間を許せないんだと思う」


 貴子は、強く言った。



「私が言った通り、元ちゃんは6月の抜き打ち考査で、学年1位になったでしょ。 これって、本当に凄いことよ。 私、自分のことのように嬉しかった。 元ちゃんと図書館で勉強したことを思い出して涙が流れたわ。 でも、涼介は、凄く悔しがってた。 私は、心の中で、ざまみろって言ってやったの」



「そうなんだ」


 俺は、貴子に言われて嬉しかった。



「貴子。 俺はガキだから、貴子の会社の負債を解消するとか、販路を見つけるなんてできない。 だけど、よく考えてみると、桜井興産が買収するってことは、利益が見込めるからに違いない。 だとしたら、他に欲しがる会社もあるはずだ。 母は、政財界に顔が効くから、相談してみるよ。 それまで、やり過ごすんだ。 必ず助けてやるからな。 但し、俺に連絡してバレると大変だから、毎日、必ず安子に連絡しろ。 安子も、貴子を助けるために協力してくれるからな!」



「何で、安子は、元ちゃんと仲良くなったの?」


 貴子は、不安な様子だ。



「心配するな。 安子はな、貴子が無理矢理 涼介と婚約させられると聞いて、お前のことを本気で心配したのさ。 それで、俺が相談された。 お前の親父さんと通じてると言ったのは、実は嘘なんだ。 親父さんの名前を出せば、安心して話すんじゃないかと思った。 貴子、騙して悪かった」



「ううん。 私も、話して気が楽になったわ」


 安心したのか、以前の貴子に戻りつつあった。



「お前は1人じゃない、だから、安心しな!」



「ありがとう、元ちゃん。 涼介に悟られないように待ってるから。 問題が解決したら、私を迎えに来て!」



「ああ、必ず迎えに行く」



ガタタッ



 観覧車が地上に着くと、安子が出迎えてくれた。



「話は終わったの? 観覧車が3周も回ったわ。 係の人に追加料金を払っておいたからね」


 安子は、呆れたような顔をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る