第23話 母の激怒

 俺が、全国模試を終え帰宅すると、母が待ち構えていた。



「元ちゃん、夕食前に、朝の続きよ。 ところで、全国模試はどうだった?」



「ああ、高1レベルだったから、そんなでもなかった。 学校の抜き打ち考査より、簡単だったぜ」



「そうか、良かった! でも、その、抜き打ち考査って何よ?」



「ああ。 うちの学校は、少し変わっていて、中間とか期末といった定期テストがないんだ。 そのかわり、毎月1回、予告なしに行うテストがあるんだ。 それが、抜き打ち考査だ。 今は、3回目が終わったとこさ」



「今月は、まだなの?」



「夏休みとか、関係なく実施するんだけど、7月は、月末だと思う」



「そうなんだ。 それで、結果はどうだったの?」



「ああ。 1回目と2回目は、学年で中位だった」



「えっ、意外。 でも、上等学園高校は、レベルが高い学校だからね」



「それで、3回目は?」



「勉強したから、1位になった」



「えっ、凄いじゃない! やったね、元ちゃん」



 母は、驚いた様子を見せたが、恐らく本心ではない。


 父と母は、日本最高峰の国立大学である東慶大学の法学部を卒業している。


 父の話しでは、母は勉強をしている姿を見たことがないにも関わらず、学部内では常に首席だったとのこと。また、卒業生代表もつとめている。


 共に中央省庁のキャリア官僚となったが、母の方がはるかに出世が早い。


 母は、出来てあたりまえの人間なのだ。しかし、母は、自分の優秀さをおくびにも出さない。



「う〜ん、元ちゃん。 でも、何で、全国模試を受けようとしたわけ?」


 母の、大きい目が、いっそう大きくなった。



「まあ、客観的に自分のレベルを知りたかっただけさ」



「ふ〜ん、元ちゃんが? それは、変よ。 何か隠してるでしょ」


 母は、俺に疑いの目を向けた。



「ところで、父さんは、まだ帰らないのか?」


 俺は、話を逸らした。



「とぼけないで! 抜き打ち考査が1位だったにも関わらず、わざわざ違う試験で、それを証明しなければならないのはなぜか。 つまり、成績が上がった理由を、誰かに疑われたと言うことでしょ。 元太、説明しなさい!」


 母は、怒ると、自分を呼び捨てにする。こうなると、もう母を止められない。



「分かった、言うよ。 短期間で成績が上がったんで、担任に、カンニングをしたのかって聞かれたんだ。 さすがに、俺も悔しいから、全国模試でそれを証明しようと思ったのさ。 もちろん、次の 抜き打ち考査でも、1位を取るつもりさ」



「元太が、カンニングなんて、セコイ事をするはずがないわ。 う~ん。 担任は、確か、南田と言ったよね。 親として対処するけど、あなたは、関わっちゃだめよ」



「頼むから、あまり、事を大きくしないでくれ」



「子どもは、黙ってなさい!」


 母は、優しそうな顔をしているが、昔から怒ると怖い。もう、止められないと思った。



◇◇◇



 翌日の午前中、上等学園高校の、北見校長に電話が入った。



「理事長の田代だ。 実は、しかるべき所から情報提供があり、そのことについて報告をいただきたい」



「はい。 どのような事でございましょうか?」



「考査で、学年1位になった1年の男子生徒に対し、担任の南田教諭が、証拠もないのにカンニングをしたと発言したのは事実か? 成績優秀な若者は、将来、我が国を担う人材になる可能性がある。 そのような、将来有望な若者の芽を摘むような事は、あってはならない。 事実関係を報告してくれ」



「そのような事は、無いかと。 もし、あったとしても、証拠あっての事だと思います」



「北見校長。 管理職である貴方が知らないのは問題だ。 最初に申したとおり、この情報はしかるべき所からのものだ。 そこを考えて、対処して いただきたい。 間違っても、もみ消すなど考えないように!」



「その〜、しかるべき所とは?」



「それは、言えない。 何か、文句でもあるのか?」



「滅相もない。 至急、調査します」


 校長は、畏まってこたえた後、電話を切った。続いて、内線ボタンを押した。



「坂井教頭か、至急の案件だ。 南田教諭をよこせ」



「はい。 分かりました」



 坂井に連れられ、南田は、直ぐに来た。



「南田教諭、そこに座りたまえ」



「はい」



「事実関係を調べ、至急、報告しなければならない事案が発生した。 君が関わっている案件だ」



「はい。 それはどのような?」


 南田の声は、震えていた。



「この4月に入学した1年の男子生徒の事だ。 抜き打ち考査で学年1位の、その優秀な生徒に対し、君はカンニングをしたと言ったのか?」



「えっ、それは?」



「どうなんだ?」



「はい。 それらしい生徒はおります」



「経緯を詳しく話すように。 嘘、偽りがあったら、それなりの処分がくだると思いなさい」



「はい。 1年の、三枝 元太と言う生徒がいるのですが、4月と5月の考査は、学年330人の中で、中位でした。 理系科目は高得点ですが、文系科目は平均点以下でした。 しかし、前回の6月下旬に行った考査では、理系も文系も、全教科全て満点に近く、学年の総合順位 1位でした。 本人の話しでは、ある人に刺激されて、初めて勉強するようになったと言うのです。 こんな短期間に、ここまで成績を上げるとは、考えづらいと思い、それで、この生徒にカンニングしたかと聞きました」



「その話をする前に、君は、裏を取ったのか?」



「はあ …」



「どうなんだ!」



「実は …。 三枝が、カンニングをしたと言う生徒がいたのです」



「何か、証拠があるんだな!」


 北見は、安堵の表情を浮かべた。



「それが …」



「証拠は、と聞いている!」


 北見の顔に、怒りの表情が現れた。



「すみません。 証拠は、ありません」



「なに! 証拠も無しに、言い掛かりを付けたのか!」



「やむを得なかったんです。 三枝がカンニングをしたと言ったのは、桜井興産の桜井 涼介なんです。 つい、忖度してしまいました。 それに、三枝は、中学時代、悪事に加担するような不良だったとの噂があるから、カンニングしても不思議はないと思いました」



「三枝の素行が悪いと、中学校の内申書に書いてあったのか?」



「いえ、それは …。 書いてありません」



「バカモノ! 全て、憶測で動きやがって。 何で、俺に報告をしなかった!」


 北見の顔が、怒りに震えていた。

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