第19話 心変わり

 屋上に着くと、貴子は俺を見据えた。


「元ちゃん。 桜井が、取り巻きの女子を使って噂を広めた結果、私は無視されるようになったけど、気にしてないわ」



「ああ。 俺が札付きの不良だとか、俺と貴子が、涼介に言いがかりを付けて脅しているとか、ありもしない話だ。 俺も、そんな噂は気にならないし、元々孤独は慣れてる。 だけど、貴子は、本当にだいじょうぶなのか?」



「うん、平気よ」


 しかし、貴子の目に涙が溢れていた。明らかに、いつもと違う。彼女は、しばらく沈黙していたが、意を決したような顔をして俺を見た。


 貴子は、いつに無く、弱々しい声で喋り出した。 



「私の父のことなの。 以前、元ちゃんに、ファザコンなのかって聞かれて否定したけど、正直に言うと、昔は、ファザコンだった。 父の姿に憧れて、私は、将来、研究者になりたいと思ってた。 本当は、今でも、それが夢なの。 でも、今の父は尊敬できない。 だけど、とても心配してるの。 正直、私は、今でもファザコンよ。 やはりそうなの」


 貴子は、混乱して、自分の気持ちを整理できないように見える。だけど、父のことが好きなのは間違いない。



「母と離婚してから、父は、家のことを顧みなくなったわ。 今は、取り憑かれたように仕事にのめり込んでる」


 貴子は、寂しげな表情をした。



「会社の経営が大変なんだと思うぞ」


 俺は、貴子を励ました。



「そうね」


 貴子は、ひと呼吸おいて、俺に訴えかけるように話し出した。



「父はね。 元々は大学の研究者だったの。 自分の研究成果を製品化したいからって、私が小学2年の時に、大学を辞めて会社を立ち上げたの。 最初の頃は商品が売れたのもあって、会社がどんどん大きくなったのよ。 今は、従業員を120名もかかえる企業になったわ。 でもね、設備投資した借金が重くのしかかって、赤字経営なの。 住居も何もかもが、抵当に入ってる」


 そう言うと、貴子は下を向いて、辛そうな顔をした。



「そんな状態に嫌気がさして、私が小学6年の時に、母が出て行ってしまった。 その後、話し合って離婚した。 最後に、母から父のことを頼まれた。 父のことを、まだ愛していたみたい。 でも、多額の負債に耐えきれず父を捨てたから、最低な女よ。 だから、私が父を支えようと思った。 でも、父は、家に帰らなくなって、私は、何の力にもなれなかった。 そのうち、子連れの後妻をもらったわ。 私を家に1人にしておけないと言ったけど、本当の理由は、資産家の継母の実家から融資を受けるためだった。 父は、金のために結婚したのよ。 酷い人間だと思う。 それでも、父のことが好き。 父と母が寄りを戻すことを期待したけど、今は、もう無理。 全てが悪い方に進んで行ったわ」


 俺は、貴子の話を聞いて、うなずくしかできなかった。



「昨夜、父が、珍しく家に帰って来て、私に話があると言った。 父が泣くのを初めて見て、私は、何とか助けてあげたいと思った」


 貴子は、涙をこぼして、口を強く閉じた。そして、しばらく、喋れない状態が続いた。



「貴子、どうしたんだ。 俺が力になるから」


 俺は、優しく言った。


 貴子は、覚悟を決めたように話し出した。



「父から言われた。 このままだと、会社が倒産して路頭に迷うことになる。 また、おまえを母の所にやっても、実家の九州の家は、伯父夫婦の代になってるから肩身が狭い思いをするし、このままだと、大学進学もさせてあげられないって。 元ちゃん、私は、大学で勉強したい! 研究者になる夢を叶えたい!」


 貴子は、声を上げて泣いた。


 俺は、貴子の辛い顔を、まともに見る事ができなくなっていた。


 貴子は、続けた。



「父から、全てを解決できる方法があると言われた。 父の会社を買収したい企業が提示する条件に応じるなら、今まで通り社長の地位を約束されて、借金も全て解消されるって言うの」



「そうか。 貴子、良かっじゃないか!」


 

 しかし、貴子の反応は違った。シャクリをあげて泣き出し、喋れなくなった。



「貴子、どうした? 良い話じゃないか!」

 


「違うの、良い話じゃ無いの…」


 貴子は、強く否定した。



「えっ。 それじゃ、条件とは?」



 貴子は、俺を見据えた。



「元太さん、許してください。 あなたとは、お付き合いできません。 何も言わず、別れてください」



「えっ、何でそうなるんだ?」



 俺の言葉を無視し、貴子は、泣きながら、この場から走り去った


 残された俺は、何がなんだか分からず、呆然としてその場に立ち尽くした。



◇◇◇



 午後の授業中、昼休みに起きた事をずっと考えていた。



(貴子は、なんで俺と別れたいのだろう? 何か気に触る事をしただろうか? 心当たりがない。 でも、ウジウジしていてもしょうがない、本人に聞こう)


 俺は、思った。



 午後の授業が終わると、早速、貴子のクラスを訪ねた。



「あのう、鈴木 貴子さんを呼んでくれないか?」



「・・・」



 女子に声をかけたが、いきなり無視された。



 今度は、近くの男子に声をかけた。



「なあ、頼む。 鈴木 貴子さんを呼んでくれないか?」



「おまえ、三枝だろ。 鈴木 貴子に、暴力を振るって洗脳したって本当か? それに、桜井 涼介を脅したんだってな。 おまえ、最低な奴だな」



「その話しは、根拠のないデタラメだ」



「さあ、どうかな? だけど、おまえが訪ねたことを伝えてやるよ」


 声をかけた男子は、教室に入って行った。しかし、いくら待っても出て来ない。どうやら、嘘を吐かれたようだ。

 

 業を煮やし、俺は、違うクラスだが、中に入った。

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