68 現れたヘンリー
青い空の下・・・公園には沢山の鳩が餌をつつき、ジャグリングの大道芸に拍手を送って見守る人々、そして軒を連ねている屋台の数々・・・それは賑やかな光景だった。
「テア、あのベンチが空いている。あそこに座ろうよ。」
カルロスと名乗った彼が指さした先には木陰になっているベンチが置いてある。
「あのベンチに座ってゆっくりおしゃべりしようよ。いいよね?」
人懐こい笑みもやはりキャロルにそっくりだ。まるで彼女にお願いされているような気持になって、とてもではないが断れなかった。
「ええ、そうね。それじゃあのベンチでお話ししましょう。」
「よし、決まりだ。」
カルロスは手をつないだまま嬉しそうにベンチへ向かって歩いていく。そんな彼の横顔を見つめても、私には彼の事が全く記憶にない。あるとすれば今朝夢の中で見た少年に似ている・・その記憶のみだった。でも話をすれば彼が何者なのか解決の糸口につながるかもしれない・・・。
ベンチついたので、座ったが何故かカルロスは座ろうとしない。
「あの・・?どうしたの?座らないの?」
「ただ座って話をするだけじゃ味気ないから、何か飲み物を買ってくるよ。向こうの屋台で搾りたてのフレッシュジュースを売ってる屋台があるんだ。ちょっと行って買ってくるからテアはここで待っていてよ。」
「え?いいの?」
フレッシュジュース・・・すごく美味しそうだ。
「うん、テアはここで待っていてね。」
カルロスは笑顔で言うと走り去って行った。するとすぐに背後から声を掛けられた。
「テア。」
え・・・?その声は・・・?
驚いて振り向くとそこには何とヘンリーが立っていた。
「へ・・ヘンリー・・?な、何故ここに・・?」
するとヘンリーはにっこり笑うと言った。
「簡単な事だよ。テアの家を見張っていたからさぁ・・。そしたら随分めかしこんで馬車に乗るじゃないか?双眼鏡で見ていて驚いたよ。」
「え・・・?」
双眼鏡で見ていた・・・?それを聞いたときゾワッと鳥肌が立った。
「それで馬車の後を付けたら・・市立劇場に入って行くから驚いたよ。俺も中に入ろうとしたらチケットは完売。完全前売りチケットだったんだね?」
ヘンリーは何が嬉しいのか、ますます笑顔になる。
「仕方がないからテアが出てくるまでずっと出口で待っていたんだけど・・長く待たされて辛かったよ・・。2時間も何もしないで待っている辛さがテアには分るかい?」
「そ、そんな・・私は何も待っていてなんて言ってもいないし・・・。」
その時・・。
ガッ!
再び右手首を強く握られた。その途端酷い痛みが手首を走る。
「い・・・痛いわ・・離して・・・ヘンリー。」
「・・・ああ、ごめん。テア・・・そんなつもりは無かったんだよ。」
ヘンリーはパッと手を離すと謝罪してきた。
「あの・・・私に何の用なの?キャロルは一緒じゃないわよ?」
「ああ。知ってるよ・・。だけど用があるのはキャロルじゃない。テアに会いに来たんだから。」
ますますヘンリーから不気味な気配を感じてきた。
「わ、私に・・?だ、だけど・・私、言ったわよね?許嫁の関係は終わりにしましょうって。」
「・・・俺は終わりにしたつもりはないよ。」
突然ヘンリーの声のトーンが変わった。そして言う。
「テア。俺が悪かったよ・・今まで散々君をないがしろにしてきたけど、もう心を入れ替えた。1人になって初めて分ったんだよ。やっぱり俺にはテアが必要だって。また以前の様に傍にいてくれよ。お前・・俺の事好きなんだろう?」
いきなりヘンリーは両肩を掴んでくると言った。
「や、やめて・・私はもう貴方の事は好きじゃないわ!」
怖くなって振り払おうとしたけれども、ヘンリーの力が強すぎてかなわない。
「テア・・最近化粧するようになったんだろう?綺麗になったじゃないか・・。俺に認めてもらいたくて変わったんだろう?」
狂気じみた台詞を言うヘンリーに私は恐怖で何も言えなかった。だ、誰か・・・。
その時―
「おいっ!テアを離せっ!」
鋭い声が上がり、振り向くとそこにはジュースを手にしたカルロスが立っていた―。
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