44 私を縛る呪縛の言葉

 ダイアナがカバンを持ってくれて、3人でおしゃべりをしながら廊下を歩いていると背後からニコルが声を掛けてきた。


「テア。帰るんだろう、馬車で送ってあげようか?ヘンリーと帰る予定だったんだろうけど彼はもういないみたいだから、俺が代わりに送ろうか?」


するとキャロルが言った。


「残念だったわね。ニコル。テアは放課後私たちの女子寮に遊びに来るのよ。帰りも寮の馬車でテアを送ってもらうから心配いらないわ。」


キャロルは私の左手をギュッと握りしめながら言う。


「そうか・・・それは残念だったな~。それじゃ、今度は一緒に帰ろう。また明日。」


ニコルは笑みを浮かべると駆け足で去って行った。それを見届けるとダイアナは言った。


「ねえ・・・ひょっとしてニコルはテアに気があるんじゃないのかしら?」


「まさか!私とニコルじゃ釣り合わないわよ。ただのお友達だから。」


慌てて手を振る。


「だってヘンリーによく言われていたもの。俺が許婚だからお前のような地味女にも付き合ってやってるんだから感謝しろって。私は自分を良く分かっているつもり・・だから・・え?どうしたの?2人とも。」


何故かダイアナとキャロルが顔をしかめて話を聞いている。


「ねえ・・テア。ヘンリーにそんな事言われていたの?今までずっと?」


ダイアナが尋ねる。


「え?ええ・・・そう・・・だけど・・?」


「そう・・・だからテアは今まで・・・。」


一方のキャロルは何事がぶつぶつ小声で呟いてたが、すぐに顔を上げると言った。


「いい?テアはね・・自分では気づいていないけれども、本当はすっごく魅力的な女性なんだからね?!いいわっ!だったら・・この私がテアをあっと驚くほど見事に変身させてあげるからっ!」


するとダイアナが手を挙げた。


「面白そうっ!私もその話に加わるわっ!」


「そうと決まれば、すぐに女子寮へ帰って・・まずはカードゲームよっ!」


キャロルの言葉にダイアナが露骨に嫌そうな顔をすると、ぼそりと言った。


「結局やるのね・・・。」


と―。



****


 馬車で着いた女子寮はとても可愛らしい外見をした建物だった。白い壁に三角屋根のオレンジ色の屋根のついた3階建ての建物はとても大きく、閑静な住宅街の中に贅沢すぎるくらいの広々とした庭付きである。年に数回はこの庭で寮生たちによる屋外パーティーも開かれることがあるらしい。


「さあ。さっそく私たちの部屋へ案内するわ。」


キャロルが松葉杖をつきながらウキウキした声で言う。キャロルを先頭に、ダイアナと並んで廊下を歩いている。するとキャロルがあるドアの前で足を止めると言った。


「ここが私とダイアナの部屋よ。」


「私が開けるわ。」


ダイアナが前に立ってカギを取り出すとカチャリと開錠し、ドアをあけた。


キイ~・・・・。


扉が開いてまず目に飛び込んできたのは部屋の中央を仕切るように天井にカーテンが取り付けられ、開閉自由になっていた。左右の壁にはそれぞれ梯子付のベッドが置かれ、その下に机や本棚が並べられている。部屋の中央には2人の共有スペースなのだろうか、ラグマットの上にローテーブルが置かれていた。


「まあ、とても素敵な部屋ね?しかもカーテン迄ついているなんてお互いのプライバシーも守ってくれるし。」


「ね?広くて素敵な部屋でしょう?今夜何なら止まっていかない?少し狭いけど2人で同じベッドで寝ましょうよ。子供の頃みたいに。」


キャロルの言葉にダイアナが言う。


「駄目よ、キャロル。それは寮のルール違反よ。」


「分かったわよ・・。それじゃ、さっそくトランプしましょう。」


キャロルはカバンを置くと言った。


「でも・・キャロル。私・・右手使えないからトランプ持てないわよ。」


「大丈夫、今日やるトランプはね・・・『神経衰弱』よ!」


キャロルは嬉しそうにトランプを取り出し・・・その後、私たちは20回以上やらされることになるのだった―。



****


午後6時―


私はキャロルとダイアナからメイクとヘアスタイルをセットしてもらっていた。


「・・はい、完成!テア、ほら鏡見て?」


自分のメイク道具を使って、私に化粧をしてくれていたキャロルがその手を止めて、大きな姿見の方を向かせた。するとそこには今までに見たこともない自分の顔がそこにあった。自分で言うのもなんだけど・・すごく可愛くなった気がする。


「どう?テア。テアったら・・お化粧もほとんどしたことが無かったなんて知らなかったわ。」


テアがメイク道具をしまいながらぶつぶつ言う。


「そうね。もったいないわ。ちょっと化粧するだけでこんなに綺麗になれるのに。」


髪を緩やかなウェーブにセットしてくれたダイアナも褒めてくれた。


「2人とも・・ありがとう、嬉しいわ。明日から・・自分でもやってみるわね?」


ヘンリーにずっと地味だから何しても無駄だと言われていた言葉は私にとっての呪縛の言葉だったのかもしれない。でも、大学生になったんだし・・これを機に、私も生まれ変わろう。



「気を付けて帰ってね~。」


キャロルに見送られ、馬車に乗った私は久しぶりにウキウキした気持ちになって家路についた。



「ありがとうございました。」


月夜に照らされた屋敷へ続く門の入り口で馬車を降りた私は御者にお礼を言った。


「いいえ、それでは失礼いたします。」


御者の男性は頭を下げると、馬車の音を立てて走り去って行った。それを見届けて、私は門の扉を開けて中へ入った途端・・。


「遅かったな。」


いきなり背後から声を掛けられた。


「キャアアッ!」


驚いて悲鳴を上げる私の前に木の陰から現れたのは・・ヘンリーだった―。



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