29 私の肝を冷やす言葉

ガラガラガラガラ・・・


揺れる馬車の中、私の正面にはフリーダが座っている。私を馬車に乗せてくれたのは彼女だった。何故なら彼女の家の帰り道の途中に私の家があるからだ。


「テア・・・もうすぐ屋敷に着くけど本当にその怪我の事・・おばさまに何も言わないつもりなの?」


フリーダが真剣な顔で尋ねてくる。


「ええ、お願い。もしヘンリーのせいだと分かったら大事になってしまうわ。大体肝心の本人が私の手首の怪我の原因を知らないのだから。」


私はフリーダに言った。


「だけど、それはテアがヘンリーに言わなかったからじゃない。どうして本人の前ではっきり言わなかったの?貴方のせいで、こんな酷い怪我をしてしまったって。許せないわ・・男の強い力で手首を掴まれたらどうなるか分かっていないのよ!あの男は・・っ!」


フリーダは怒りが収まらないのか憤慨している。


「だけど・・・ヘンリーは仮にも私の許嫁だし・・私の家とヘンリーの家の問題にも関わってくるから・・大袈裟にしたくないのよ。」


私は友人に嘘をついてしまった。本当はヘンリーにこれ以上憎まれたり、嫌われたりしたくなかったからだとは言えなかった。


「テア・・・。」


「だから・・・お願い。フリーダ。どうかお母さんには黙っていて?」


「テアがそこまで言うなら黙っているけど・・でも、テアの心が変わってヘンリーを懲らしめたくなった時はいつでも言ってね?どんな事でも協力するから。場合によっては拉致監禁したって・・・。」


フリーダがとんでも無い事を言いだしてきたので、慌てて止めた。


「ま、待って!フリーダッ!そんな事したら犯罪よ?絶対にそんなことはしないでね?」


「ま、まあ・・・確かに拉致監禁は言いすぎちゃったけど・・・。とにかく。私たちはいつでもテアの見方だって事を忘れないでいて欲しいのよ。」


顔を赤らめ、こほんと咳払いしながらフリーダが言った。


「うん・・・ありがとう・・・。」


私はそっと、左手でフリーダの手に触れた―。




****



「まあっ!どうしたの?テアッ!その腕は・・・っ!」


私をエントランス迄出迎えた母が屋敷中に響き渡るような大きな声を上げた。


「どうして腕がこんなことになっているの?入学式で怪我をしたのね?!」


「え・ええ・・・。ちょっと廊下で転んだ時に手首をついてしまって・・・。そうよね?フリーダ」


私は背後に立つフリーダに目配せしながら言う。


「はい、そうなんです。そして手は医務室で手当てを受けたのです。」


「まあ・・・貴女って昔からぼ~っとしているところがあったけど・・気を付けるのよ?どう?痛みはあるの?」


「すこし痛むけど・・今のところは大丈夫よ。」


するフリーダが言った。


「あの、それでは私はもう帰りますね?馬車を待たせてあるので。」


「まあ・・本当にありがとう、フリーダ。テアを連れて来てくれて。この子ったら今朝は馬車も使わないし、帰りの時間も伝えていかなかったら・・・迎えを出せなかったのよ。挙句にこんな怪我迄して帰ってくるのだから・・本当に助かったわ。ありがとう。」


「本当にありがとう、フリーダ。」


私も頭を下げてお礼を言った。


「いいのよ、他ならぬテアの為だから。それじゃ、また明日学校でね?」


フリーダは笑顔で手をふると帰って行った—。




「テア?本当に手首の怪我・・自分で転んで怪我したのよね?」


フリーダがいなくなるとすぐに母が私の方を向いて尋ねてきた。


ドキッ!


「え、ええ。本当だってば。私って、ドジだから。それじゃ着替えてくるわ。」


そして部屋へ向かうために、踵を返して廊下を歩き始めると母が呼び止めた。


「待ちなさい、テア。」


「何?」


振り向くと母が言った。


「着替えを済ませたらリビングにいらっしゃい。沈痛効果のあるハーブティを入れてあげるから。」


「ありがとう、それじゃ着替えたらすぐ行くわ。」


そして私は階段を上がり、自室へ向かった。



自室へ戻ると私はすぐに呼び鈴でメイドを呼んだ。


「お帰りさないませ、お嬢様・・・。え?!ど、どうなさったのですかっ?!そのお怪我はっ!」


現れたメイドのマリが私を見るなり慌てて駆けつけてきた。


「ええ・・・ちょっと学校で怪我をしてしまったの。悪いけど・・・着替えを手伝ってもらえるかしら?」


「ええ。お任せください。」


マリは余計な質問は一切せずに着替えの準備と、着替えを手伝ってくれると最後に三角巾で腕をつってくれた。


「ありがとう、マリ。お母さんにリビングに呼ばれたから行ってくるわね?」


「はい、行ってらっしゃいませ。」


マリに見送られ、私はリビングへと向かった。



「お母さん。」


日差しの明るい、広々としたリビングへ行くと、既に楕円形の大理石のテーブルにはお茶の用意がされていた。


「着替えられたのね?」


テーブル前の椅子に着席していた母が尋ねてきた。


「ええ、マリに手伝ってもらったの。」


言いながら私は母の向かい側の席にストンと座ると、さっそく母は目の前のカップにハーブティーを注いでくれた。


「いい香り・・・。」


匂いを嗅いで笑みを浮かべると、母も自分の分のハーブティーを入れて目の前に座ると口を開いた。


「テア・・・お茶会で耳にしたのだけど・・・私の友人がヘンリーと見知らぬ少女が動物園から出てきたのを目撃した人がいるのよ。一体どういう事かしら・・?」


「え・・?」


私は母の言葉に血の気が引いた―。

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