第32話 支持基盤(5)

 確証がないという枢機卿の言葉に私は、目の前を歩いていた人物に悟られないように深く深呼吸をしてから、口を開く。


「つまり、確証はないけれども先手を打っておく必要性があるという事ですか」


 私は、辛うじて口にできた言葉を自身で反芻しながら、「そうですな」という相槌のように答えを返してきた枢機卿に、心の中で「参りましたわ」と、思ってしまう。

 

「枢機卿も、お人が悪いのですね」

「そうですか?」

「ええ」


 私は短く言葉を紡ぎながらも、枢機卿は私のことを試してきているという事に気がつく。

 彼は、私がどのように受け答えしてくるのかで対応を考えている。

 そして、結論は既に出ている――、そう考えて間違いない。

 

「このような場を設けられるという事は、すでに主だった商家の方には話は通しておられるのでしょう?」


 私は、さらに言葉を続ける。


「それを儀式と言うことで有力者から協力を得られるようにされるという上辺の情報を提示されるという事は――」

「その通りですな」

 

 最後まで言い終える前に、目の前を歩いていた枢機卿は、声色を一段高くして私の考えを肯定してくる。

 つまり、力を持っている商家とは既に話がついている。

 それは、これから行う儀式というのは、あくまでもパフォーマンスに過ぎないという対外的なアピールに過ぎないということ。

 そして――、そのアピール先というのは王家を含めた王国民へ。

 あくまでも教会は、洗礼をした結果、商家からの協力を得たという実績を得ただけであって、そこには政治的な要因は一切ありませんという事を王国よりも国民に対して宣伝する意味合いがあるのでしょう。


「それでは、急ぐ必要は無いということですか」


 これは、私の推測に過ぎないのですけれど、ラインハルト様の処遇が最悪な事態になった場合、絡め手のような手法は取れないはず。

 何故なら、時間という制限がつくから。

 それでも処遇が代わった――、もしくは置かれている状況が変わるという可能性はあるのだけれど、策を弄する時間はあるということ。

 それはつまり、お兄様がラインハルト様と会う時間を作ってくれるという約束が守られる可能性が高くなるという事。

 だから、時間的な猶予はあると考えられる。


「その辺は、こちらとしても分かりかねますな」


 教会側としても、どこまで間者を王城側に潜り込ませているのか――、その事情を私に知られる訳にはいかないという考えがあるのかも知れない。

 だって、詳しく開示したのなら誰が情報を漏らしたのか見当が付いてしまうから。

 もし、私が王家側に立った場合、その情報源を知られたら教会側としても困る事になることは容易に想像がつくから。


「そうですか」


 私は、すぐに引き下がる。

 あまり足を踏み込むのは、宜しくないと理解できるから。

 それに何より教会側と私は今の所は一蓮托生なのだから。

 




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