第10話 牢屋での密談
「ここは……」
耳が痛くなるほどの静寂――、そして暗闇の中で、俺は目を覚ました。
魔法で灯りを作ろうにも魔法が一切発動しない。
「どこなんだ?」
自分が、居る場所は暗闇に目が慣れてきたことから牢屋だという事は薄々と理解できた。
ただ、どうして自分が此処にいるのか? と、意味が理解できない。
仕方なく、俺は牢屋の中のベッドに腰かける。
ベッドは堅く、とても安眠が取れるような代物ではないが……。
「駄目だ」
自身が牢屋の中にいる理由を考えようとすると、まるで記憶に靄が掛かったみたいになり、意識が虚ろになる。
覚えている事と言えば国境の視察に行ったところまで。
それ以降の記憶が、霞みが掛かってしまっていて思い出せない。
「敵の捕虜になったという訳ではないよな……」
捕虜になったのなら、丁重とまではいかなくとも見張りの兵士の数人くらいは付けておくだろう。
俺の首につけられている魔法封じの首輪があったとしてもだ。
しばらく、俺は牢屋の中で待つ事にする。
まずは現状把握が大事だからだ。
「殿下、起きておられますか?」
いつの間にか寝てしまっていたのだろう。
敬称で呼ぶ声に俺は目を覚まし跳ね起きる。
すると、牢屋の鉄作を隔てたところには見知った男が立っていた。
「パトリックか。ここは、どこだ? どうして、俺は此処にいる?」
「……どうやら、傀儡の術は解けたと言っていいようですね」
「傀儡だと? ――ッ!?」
パトリックの言葉と同時に、俺の脳裏の濃霧が一気に晴れる。
それと同時に、俺は自分が何を仕出かしたのかを理解した。
「……お、俺が」
「はい。妹に婚約破棄を告げるだけでなく、諫めようとしたクララを殿下は殴りました」
「――ッ!」
他人に言われた事で、俺の鮮明に浮かび上がった記憶が事実だという事が理解出来てしまう。
「なんということだ……」
俺は、その場で座りこむ。
まさか、愛する彼女を――、クララに手を上げるなど……王族だけでなく紳士だけでなく男としても失格だ。
「ご理解頂けて何よりです。殿下」
「――クララは、クララは無事なのか?」
「はい。今は、マルク公爵邸にて静養しておりますが、かなりショックを受けているようです。母上からも、クララは殿下の身を案じていると」
「そうか……」
俺は、深く溜息をつきながら、今後の自分の処遇を考える。
まず廃嫡という甘い対応はしないだろう。
何せ、王太子になるはずであった第一王位継承権の自身が貴族のルールを破ったのだから。
しかも夜会と言う場において、婚約者を殴るなど、どう取り繕ったところで許されるべきではない。
「パトリック」
「はい」
「俺の今後のことは……」
一瞬、言葉が詰まる。
だが、これは口にしなくてはいけないことだ。
「死罪で間違いないな? もしくは断頭台行きと言ったところか?」
「一応は、そうなっています。ただ、内通していたサーバル学院長の件もありますので」
「サーバルが?」
「はい。エイゼル王国の密偵から、かなりの譲歩を引き出していたようです。ただ、その密偵を取り逃しました」
「つまり証拠は……」
「見つかっていません。どうやら、用意周到に計画を立てていたようです」
「そうか……。――なら、俺の処遇は変わらないな」
「はい。殿下がサーバル学院長に命令したという事で第三者の目からは見えていますので」
「そうだな」
何と言うことだ。
このような奸計に掛かってしまうとは……。
「今後の待遇は理解した。そこでパトリックに頼みがある」
「何でしょうか?」
「もしかしたら、クララが俺に会いにくるかも知れない」
「その時に殿下を助けろと?」
パトリックの視線がスッと獣を狩る猟犬のように鋭くなり、俺を睨みつけてくる。
「逆だ」
「――と、申しますと?」
「もし、クララが会いに来たとしても俺はユリエールを愛していると言う」
「……それが、何を意味するのか分かって言っているのですか?」
怒気を孕んだ声色を静かに叩きつけてくるクララの兄のパトリック。
「ああ、もちろんだ。最後まで、俺は悪役に徹する。そうした方がいいだろう? もし、ここでクララを愛していると言ったら彼女の心に影を落とすことになる。――なら、短い期間落ち込んだとしても、突き放した方がいい」
「つまり、道化を演じると?」
パトリックの回答に俺は頷く。
「何も分かってない……」
「何?」
「――いえ。それでは、妹が落ち込んだ時に慰めるとしましょう。それでよろしいのですね? 殿下」
「ああ、頼む」
深く溜息をついたパトリックは、火の魔法で作った灯りを宙に浮かせながら、牢屋から離れていく。
そして、すぐに牢屋の中は暗闇に閉ざされた。
「すまない……クララ。この俺が不甲斐ないばかりに……」
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