第7話 赤髪のメイド

 ――コンコン


「――んっ……」

 

 ゆっくりと瞼を開ける。

 私は、ベッドの上で俯せになって寝ていた。

 室内は、昇った太陽の光が差し込んできていて明るい。


 ――コンコン


「はい」

「クララ様。お手伝いに参りました」


 外から、話しかけてきたのは私が物心ついた時にはマルク公爵家にメイドとして仕えていたエイナであった。

 お手伝いというのは、朝の身支度という意味で、朝食前に身支度をする事が当たり前な貴族の社会では普通とも言える。


「今日はいいわ」

「クララ様……」

 

 ラインハルト様からの婚約破棄。

それは先日と言っても、昨日の今日という事もあり、まだ気持ちの整理がつかない私は、とてもじゃないけど何かを食べたいという欲求は湧いてこない。


「クララ様。ディアナ様が、心配しておられます。――ですので、お顔だけでも御見せになって頂けますか?」

「……わかったわ」


 あまり、お母様に迷惑もかけられないし、心配もかけたくない。

 私の返事に、部屋のドアが開き赤毛の30代前半のメイドが室内に入ってくる。

 私は、ベッドから立ち上がり鏡面台に座る。

 昨日は、泣いていたら何時の間にか寝ていてしまったので――。


「クララ様……目元が……」


 心配そうに私を見てくるエイナ。

 その端正な顔が悲しみに歪むのを見て、エイナは私が生まれた時に、私付きのメイドとして、雇われたことを思い出す。

 私が5歳の時に王宮へ連れて行かれた時に分かれたままだけど……、エイナはずっと公爵家に仕えてくれている。


「大丈夫だから」


 私はヒールをして、目元の腫れを消す。

 回復魔法は聖女としての力の一つ。

 普通は高価な触媒を必要とする回復魔法を、私は何のコストも払わずに使う事ができる。

 触媒は、手足の切り傷を治す程度の物であっても庶民の一年分給金が必要とされる。

 その対価が私に限っては必要とされない。


 ――ただ、何でも治せてしまうという訳ではない。


 心の傷を癒すような魔法はないから。


「クララ様……」

「そんな顔をしないで。それよりも妹のミレニアさんは、元気なの?」

「はい。クララ様に治して頂いてから、何不自由なく暮らしております」

「それは良かったわ」


 エイナの妹の名前はミレニアと言って、彼女にとってはただ一人の妹さん。

 エイナの妹さんは、原因不明の熱に魘され熱が下がったあとは失明してしまっていた。

 それを、私が帰省した時に、両親に内緒で治療した経緯があり、それ以来、何かと私のことをエイナは気にかけてくれている。


 エイナは、私が鏡を見ている間に手慣れた手つきで髪の毛を梳かしウェーブをかけていく。

 貴族淑女の嗜みとして、髪を伸ばすのは当然のことで、私の髪も例外なく腰のあたりまで伸ばしている。

 それらを丁寧に迅速にセッティングしていく手際は本当にすごいこと。

 髪のセットが終わったあとは室内用のドレスに着替え、私はエイナと共に廊下へと出る。






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