第6話 カールとルグラン
基地に戻ったカールは制服に着替え、すぐに司令官室へ向かった。ルグランに「勝手に報告を上げるな」と言われていたが、そうするつもりはなかった。ルグランはカールを庇うつもりだ。
カールは正式採用されてすぐ、ルグランの相棒に指名された。優等生ではなかったルーキーがなぜ指名されたのか、理由を聞くことは出来ていない。ルグラン直々の指名なのは知らされていた。何かしら期待されていたのは間違いないが、その期待に答えられたとは言い難い。失態を演じたのは今回だけではなかった。
カールの若く真っ直ぐなプライドは、もう自分を許せなかった。上官に何度も尻拭いをさせて平気ではいられない。限界を認める時が今、訪れた。決意が揺らぐ自分に、そう言い聞かせた。
廊下を曲がってすぐ、ルグランが居るのに気付いた。あの存在感は、視界に入れば間違いようがない。司令官室の向かいの壁に、腕を組み背中を預けている。
すでに制服に着替えていて、輝く銀髪に隠れたまぶたを開かぬまま、「カール、遅かったな」と言った。カールは無視して司令官室に入ろうとした。
「カール、待て」ルグランは姿勢を崩さぬまま引き止めた。カールは強い意志で、「自分で始末を付けます。隊長、ありがとうございました」と言って頭を下げた。顔を上げると、ルグランの顔がすぐ傍にあり、思ったより近くで、カールは戸惑った。
「カール、俺たちはチームだ。そんなのは言いっこなしだ」
カールは、ルグランのペースに逆らえず固まってしまった。
「さあ行くぞ、お前は俺の話に合わせて頷いていればいい。分かったな」そう言って笑った。その笑顔はカールの緊張を一瞬で解いた。
司令官室に入り、司令官の前で二人揃って敬礼すると、フォルテ基地司令官のヴァイス・コンは、「楽な姿勢でいい」と言った。
まず事実確認が行われた。すでに、ルグランとカールの戦闘データと、軍民共用のレーダーサイトが収集した客観的なデータは、ヴァイスのデスクに転送されている。一通り目を通してあるようだ。それらを踏まえ、責任の所在について審議される。
「ルグラン・ジーズ上級兵、及びカールグレイ・アロウ一般兵は、試作型荷電粒子ライフルの試射の為当基地から出撃。臨時に設定された演習エリアへ向かう。そこで交戦中のルナティックと接触。戦闘に介入し、その結果、試作ライフルを紛失した。間違いないか?」
「間違いありません」揃えるはずが、カールはひと呼吸遅れた。ヴァイスの表情に険しさはない。
「とりあえず、ここには他に誰もいない。ルグラン、立場は無視していいから、言いたいことがあるのなら言ってくれ」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」ルグランは、一度目を閉じた。
「戦闘への介入を決めたのも、発砲を許可したのも俺です。カールは指示に従っただけだ。責任を負うべきは間違いなくこの俺だ。カールを庇おうとしているんじゃない。事実なんだ。ヴァイス司令、正しい判断をしてくれ」
威厳を感じさせない司令官は、何度か頷いたあと、ため息をついてから、話し始めた。
「カールを軍に残してやりたいんだな。そうしよう。だが、事は重大だ。我々軍はしばらくの間、背後を気にせず任務に当たることが出来たが、これからはそうはいかなくなる。不満を持つものは多いだろう。緊張感を取り戻すいい機会だが、そう言って納得させることが出来るかどうかは分からない。実際に被害が出たら尚更だ。とりあえず、二人とも謹慎三十日、減給十ヶ月とする。文句はないだろう。とりあえず二人とも消えていてくれ。その間に俺がなんとか納めておくよ」
ヴァイスは言い切った後に、再び「ふぅ」とため息をついた。
「感謝します」ルグランの抑え気味の返事に対して、「何度感謝されたことか・・・」と言い苦笑いを浮かべた。
司令官は話を続けた。
「ルグラン。お前がやりたい放題やってるおかげで、俺はやりたくもない司令官をやらされている。本当はお前がここに居るべきだったんだ」
「申し訳ない、興味はないよ」
「いつまでも飛んでいられるわけじゃないんだぞ」
「すまない」ルグランは笑った。
「そのうち気が変わるのを期待している」
「待つのは自由だ」
「そうするよ・・・」司令官は諦めて、カールの方を見た。
「カール。こいつがドジを踏まないように見張ってろ。それがお前の役目だ」
予想外の話の流れに、カールは戸惑いながらも、なんとか「はい」と返事をした。
ここで、ルグランの表情が険しくなる。
「映像見たか?」黒いルナティックのことだ。
ヴァイスの表情も引き締まる。
「見たよ。あれだけではなんとも言えない。お前が戻ってくるまでに何かしらの結論を出しておく」
「率直な感想を伺いたい」ルグランは粘った。
「偽物だろう。本物は、お前が墜としたはずだ」
ヴァイスはチラリとルグランを見た。ルグランは微笑をこぼしたが、カールには気の所為か、力なく見えた。
「さあ、もう行け」ヴァイスは追い払うように手を降った。
「本当に感謝してる・・・。それではヴァイス司令、失礼します」ルグランはそう言い残し、颯爽と部屋を出た。カールも華麗に後を追った。
予定は変更された。軍を出るつもりが謹慎となり、その後、復帰することとなった。覚悟を決めたつもりが、その覚悟は有耶無耶になってしまい、いつの間にか、この一ヶ月どう過ごそうかと考え始めていた。
結果的にルグランに助けてもらう事になり、その感謝をどう伝えていいか苦慮していると、振り向き、「俺の家に来い」と言ってきた。優しさと無邪気さを含んだ視線が、高いところから落ちてた。「なっ、来いよ!」ルグランは笑った。
基地にあるルグランの自室に、招かれたのだと思っていた。ところが、何も考えずに後を付いていくと格納庫に導かれ、気が付くとムーンモービルに乗って月面を走っていた。
「あの、どこへ・・・?」
「ん・・・?家へ来るんだろ」
「ああ・・・、そういうことか・・・」
これから、ルグランの自宅がある月最大の都市アースゲイザーへ向かうことになった。ルナティックかシャトルなら数分と掛からないのに、ムーンモービルで向かうのは何故かと聞くと「たまにはいいだろう」とのことだった。
最高速で疾走し、灰色の大地を何度も跳ね回るムーンモービルをルグランは容易く操った。性能の限界を超えてしまっているため、吸収しきれない振動が車内に伝わり、カールは体を支えるのに必死だった。
しばらく走ると、ルグランは満足したのか速度を落とし始め、
車内は穏やかになり、会話が出来るようになった。
「ヴァイスは同期なんだ。組んでたこともある。規則にうるさいやつだが、それ以上に友情に熱い。みんなあいつを慕ってる。だから、あの立場はうってつけだと思ったんだ。俺が推薦して晴れて司令官に昇格したんだが、どうやら本意じゃなかったらしい。今だに恨まれてる。申し訳ないと思ってるよ」
ルグランは何故か嬉しそうに話した。少し沈黙が流れた。
「な、カール。お前がやりあったギルドのルナティック。思い出してみろ」
そう言われた瞬間、粒子ビームの光の中から現れたルナティックの姿を、今そこに見ているかのように思い出した。機体の各所に青いアクセントのはいったルナティックと、間違いなく目があった。
「あいつ、コクピットの中の俺を見ていました」
蘇った怒りと屈辱に体を震わせるカールを、ルグランは横目で一瞥した。
「カール、ネム・レイスを知ってるか?」
質問の意図を理解できないカールは、不機嫌になり、ぶっきらぼうに返事をした。
「知りませんよ、映画スターか何かですか?」
「スターだって?違う、ギルドのパイロットだよ。ギルドのトップランカーだ。本当に知らないのか?」
ルグランは呆れた様子だ。
「ギルドを気にしてどうするんです?撃墜命令が出れば、ただ墜とすだけ、それだけです・・・?」
言い終わってカールは、自分の勘の悪さと少々熱くなりやすい性格は、すぐにでも改める必要があると思った。
「あいつが、そのレイスなんですね・・・?」
「多分な」ルグランは頷き、カールの様子を窺った。
「次は、必ず墜とします」カールは決意の表情を見せる。
「撃墜命令は出てないぞ」ルグランは茶化すように言う。
「あれでは出ませんか?」
「撃たれてないだろう?」
「ならば、撃墜命令が出次第墜とします」再び決意の表情を見せる。ルグランは微笑を浮かべ「いい心掛けだ」と言った。
アースゲイザーへ月面を北側から近づくと、威容な人工物が視界の邪魔をする。パネルが掲げられていて、そこには「ホテル・月の大地」と派手に表示されている。
「ホテル・月の大地」の向こうにも、派手にライトアップされた建造物がある。こちらには、「タチバナロード・ターミナル」と書かれた、ネオンサイン風の巨大な看板が掲げられている。この建物はタチバナロードの終点であり、出入り口でもある。
トール・トット・タチバナが発案した、すべての都市を地下で繋ぐハイウェイ構想は、各都市の首長に全く相手にされなかった。
自信を持って提案した計画を無視され、静かな怒りに震えるタチバナは、mmsの独力で二十年を掛けた壮大な計画に着手。苦難の果てに成就させ、タチバナロードを開通してみせた。
月にある四つの都市全てを繋ぐ予定だったが、終点であるアースゲイザーには強烈に拒否され、直通は断念することになった。
工事に使用された、作業員のための宿泊施設を備える巨大な掘削機は、mmsには戻されず、解体もされず、その場に放置され、いつの間にかホテルとして蘇っていた。
アースゲイザー市長は、いつの間にか宿泊施設になってしまった掘削機の撤去と、派手過ぎるターミナルの改善を要請しているが、タチバナは無視し続けている。
二人の乗るムーンモービルが通り掛かると、「ホテル・月の大地」の看板の表示が切り替わり「空室あり」となった。ルグランとカールの乗るムーンモービルを客と勘違いしたのか、それとも偶然かは分からないが、その予定はないので素通りする。
「泊まってくか?」ルグランの一言に、カールは狼狽えてしまった。「冗談だよ」爽やかな一言だった。
キャビンの中で、ターミナルをライトアップする眩しい光が、ルグランの顔を照らした。その瞬間に目を奪われたカールは、視線に気付かれる前に、慌てて遠くを見た。
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