第2話 軍用機
今から十二年前、人類の月への移住が始まってからちょうど百年の年。月第四の都市ムーンムーンスタックにほど近い新興企業ミロクの実験エリアに於いて、新型拡張スペーススーツの完成披露式典が行われた。
スペーススーツと言いながらも、その実は、身長十二メートルの金属で出来た巨人だった。開発コンセプトは『服を着るように気軽に扱える多目的作業用ロボット』で、名前は「月に狂わされた者」を意味する『ルナティック』と名付けられた。開発した新興企業ミロクは「ルナティックは兵器ではなく、人の能力を拡張し、月の過酷な環境の中での自由な活動を補助する為の、小型汎用艇オービットの数倍の生産工程を経て作り出される、比較的単純でやや大きなガジェットに過ぎない」と説明する。
実際のところ、ルナティックは今までにない複雑な構造をしている。単純な機械というのは開発者の理想に過ぎなが、開発と改良を継続することで構造の単純化は進んでいくはずで、いずれ理想は実現するはずだ。
オービットに対して複雑な構造のルナティックは製造コストを下げるため、納品する相手によって生産ラインを区別せず、すべての顧客に対し同一の機体を提供する。製造工程を極限まで省略した結果だ。
軍用機だからと言って、特別な装備が用意されたり、性能の強化が計られることもない。生産ラインを出た時点では、民間機もギルド機も軍用機も性能に差はない。民間機とギルド機の顧客はそれで満足するが、軍はそうはいかなかった。顧客を奪い合うことになるギルドは勢力を拡大し続け、敵対することになる少数派勢力のローグも組織立てば脅威になる。互角では意味が無い。
そこで軍は独自に、後付可能な強化パーツを開発することにした。強化装甲を機体各所に貼り付け防御を強化し、増えた重量を相殺するため、一部の機体にブースターを装着した。武装は基本的にはギルドと共通のものだが、弾薬を高性能化したり、オービットの武装を改良した高攻撃力の武器を開発したりした。
「信じられません、戦っています。情報通りです」
ルグラン・ジーズ上級兵とカールグレイ・アロウ一般兵の操る二機の軍用ルナティックが、格闘戦を繰り広げる二機のルナティックに接近する。
「どちらが勝つでしょう?」
「黒い方だと思う。ただし本物ならな」
カールは、答えを容易に予想できる質問をしたことを後悔した。
「カール、レーダー照射。そいつを試してみよう」
「了解。ですが、撃墜命令は出ていません」
カールは、自分の機体が抱え込んでいる試作ライフルをスクリーン越しに見た。正式に採用された武器は機体と同様、視界を確保するためにワイヤーフレームで表示されが、今、コクピットから見える試作ライフルは、ありのままの姿を晒していた。
コクピットから直接見える位置に、発射可能回数を表示するカウンターがあり、そこに『05』と表示されている。五発分のエネルギーが蓄えられているのがよく分かる。出撃前のブリーフィングで「これはあくまで発射可能な回数であり、それだけ撃てると保証するものではない」と、エンジニアに念を押されたことを思い出した。
「構わん、撃ってみろ。どうせ、どちらにも当たらない」
「分かりました。もし当ったら・・・、その時の言い訳、考えておいてください!」
カールはそう言うと同時に加速し、ルグラン機の前に出た。そして、射撃体勢を取りレーダーを照射した。二機のうち一機はギルド機で間違いない。もう一機は反応が微弱で正体は不明だが、見当は付いている。『黒いルナティック』と呼ばれるスナイパーだ。
試作ライフルは大出力荷電粒子ビームを発射するテストの為のもので、命中精度は著しく低い。前には飛ぶが、格闘戦真っ最中のルナティックを狙っても、多分、当たることは無い。
とりあえず、レーダーに捉えたギルドのルナティックを狙いトリガーを引いた。その瞬間、想像以上の光があふれスクリーン全体を覆った。光が収まる頃には、その光を撒き散らした荷電粒子ビームの塊は、遥か彼方に遠ざかっていた。
格闘戦を繰り広げていた二機のルナティックは荷電粒子ビームの激しい光に弾かれたように軌道を変え、両機とも、月面へ急降下していく。
「すごい光だったな」
加速したルグラン機が横に並ぶ。
「カール、俺は黒いヤツを追う。お前はギルドの方を追い払え。追い払うだけでいい」
ルグランはそう指示し、カールの返事を待たず加速した。カールは「お気をつけて」と言った。するとルグランは「誰に言っている」と返してきた。
ルグランはブースターに点火した。いつもと違う不躾な加速が機体を揺する。
黒いルナティックを正面に据えると、その後ろ姿が少しずつ大きくなる。だが、ルグランは焦れていた。思ったほど距離が縮まらない。装甲を強化し、重量の増えた軍用機では、黒いルナティックどころかギルド機にも付いていくことができない。その不利を補うため、一部の機体は加速用ブースターを装備している。ルグラン機にはそれが装備されていたが、加速は物足りなかった。
ルグラン機専用に強化されたミドルレンジライフルで、メインモニターの中で揺れ動く黒いルナティックを狙う。ロックすることが出来ない。射程の外にいる敵を撃つことを、ロックオンサイトは躊躇っていた。
「お前、何者だ?」ルグランは六年前の、あの時のことを思い出していた。たまたま正面に捉えることが出来た黒い機体に向けて、無我夢中で撃ちまくった。何発かがコクピットブロックに命中し、躍動感を失った黒いルナティックが慣性に身を任せて遠ざかっていく姿を。その直後、巨大な爆発に飲み込まれあいつは消えた。
ブースターの燃料が切れ、心地いい振動だけが残された。微弱な月の引力の影響で加速が鈍り始める。チャンスは今しか無かった。ルグランはありったけの弾丸を撃ち込んだ。画像処理され白いラインとなった弾丸は、スクリーンの奥へと殺到した。しかし、そのすべてが、黒いルナティックを追い越し虚空に消えた。
これで打つ手はなくなった。追跡を諦め急減速をかけると、黒いルナティックは一気に遠ざかった。
「また会えて嬉しいよ・・・」
ルグランはメインモニターに拡大表示された後ろ姿に目をやりながら、呟くように言った。
その時、サブモニターが、月の空へ打ち上げられる粒子ビームの光を映し出した。撃ったのが誰であるか不明だが、何かがあったに違いない。
「カール、何してる!?」
カールが相手を任されたギルドのルナティックは月面に降下する途中、ライフルを放棄した。
戦うつもりが無いことの意思表示と受け取れるが、カールは念の為、通信回線を開き「流れ弾に当たる可能性がある。立ち去るように」と警告した。届いているかは分からないが、一応、責任を果たした事を証明する為、ログを残した。
ギルドのルナティックは月面に降下していき、自らの落す機体の影と重なり合った瞬間、軌道を変え、月面の起伏に沿って低空飛行に移った。
このままどこかへ飛び去るのならそれでいいが、ギルドのルナティックは高い操縦技術をひけらかす様な挙動で、丘を超え、谷に隠れながら、カールとの距離を保った。そして、高度を上げると弧を描くように動き、加速を始めた。引き返してくる。
実戦経験の少ないカールは、対応に戸惑った。装備が通常ではないことも理由だった。急接近し、真下を高速で通り過ぎようとするギルドのルナティックに慌てて警告を与える。
「その動きは敵対行為と取られかねない!ふざけるのはやめて立ち去るように!」
メインモニターが背後を急上昇する影を映し出した。アラームが鳴り、危険が迫っていることを知らせる。すでに頭上に回り込まれていて、その方向に機体を向かせるが、遅かった。衝撃があり、機体がバランスを崩した。カールは、なんとか体勢を立て直す。
「今のは攻撃とみなす!お前を撃墜する!」
カールは敵となったギルドのルナティックの実力を見誤った。相手を見くびらなければ、冷静に対処できたはずだった。
ギルド機は執拗に背後へと回り込み、カールを翻弄する。挑発を受け続けたカールは次第に我を忘れ、その動きを完全に捉えられないまま、怒りに任せてトリガーを引いた。
粒子ビームの激しい光は虚空を消し飛ばしただけだった。光が収まると同時にカールは我に返った。
「俺は、なんてことを・・・!」
再び虚空が現れ、そこにルナティックがいるのに気付いた。青いラインのアクセントが入った機体だ。そいつは、こちらを見ていた。そして、その目は、間違いなくカールを見ていた。
反応が遅れた。というか、出来なかった。タックルをまともに受け、機体は弾き飛ばされた。その勢いに抗うことが出来ないまま、月面に激突して何度かバウンドした。
体勢を立て直せるまで、激しい衝撃に耐えながら、周囲の状況と機体のコンディションの確認をなんとか継続した。機体の所々にストレスが掛かり、コクピット内にアラームが鳴り響く。モニターの表示が次々に切り替わり、直面する危機に対応を迫る。そこに、試作ライフルの脱落を知らせるインフォメーションがあるのを、カールは見逃さなかった。
制式採用されている装備ならマニピュレーターの強度限界を超えるまで脱落することはないが、制式採用に至っていない試作ライフルは、ただ持たせているだけで、手放してしはいけないものだとルナティックはまだ知らなかった。
なんとか体勢を立て直したカールは、ギルド機の存在を忘れてライフルを探した。だが、なにも見当たらなかった。呆然としつつも状況を推察した。おそらく、脱落したライフルをギルドに奪われ、且つ、逃走を許した、と考えるのが自然だ。静寂がそれを証明している。
事は重大だった。失った試作ライフルは、粒子ビームを打ち出す実験機で、武器としての完成度は低い。何度も撃てる訳ではなく、ギルドに渡ったとしても脅威は少ない。だが、奪われたものが改良され完成度が上がり量産されれば、それは間違いなく軍にとっての驚異になる。粒子ビーム砲の打ち出すエネルギーの弾丸は、軍用機の強化された装甲をも容易く撃ち抜く。ギルドの技術で軍の試作品を完成品に昇華させる可能性は低いが、無いとは言い切れない。今後、軍は粒子ビームの攻撃に備えなくてはならず、何らかの犠牲を払う事態になれば、それはカールの責任になる。
「追放程度では済まない。いや違う。俺のせいで仲間を死なせるかもしれない。そっちのほうが重大だ」
はっきりと言葉にするのが、怖かった。
ルグランは月面に佇むカールの機体を見つけ、すぐ傍に降りた。着地の時、僅かしか砂塵を巻き上げなかったことで、さり気なく操縦技術の高さを披露した。
おおよその状況を察して、降下の途中、周囲を見渡してみたが何も見つけることは出来なかった。カールの機体は、ただ立っているだけだが、何故かうつむいているように見え、肩を震わせているわけではないが、泣いているような気がした。時に、パイロットの心情も表現してみせるルナティックの背中をみて、ルグランは不謹慎にも吹き出しそうになったが、ここは我慢した。
「カール。どうした?何があった?」
返事はなかった。通信は繋がっているはずで、耳を澄ませたみたが、本当に泣いている訳ではなさそうだ。
「カール。応答しろ。無事なのか?」
今度は返事があった。一言一言を絞り出す度に葛藤している様子だ。現実を受け入れたくないのだろう。
「報告します。一度離れたギルドのルナティックですが、引き返し本機を挑発。不用意な対応により交戦状態となり・・・、結果として試作ライフルを紛失。ギルドのルナティックはどこかに消えました・・・」
「そのようだな」ルグランは淡々としていた。だが、カールは思いつめていた。
「あの、隊長。短い間でしたが、今までありがとうございました。期待に添えず、申し訳ありませんでした」
カールの機体は振り向いて会釈をした。
「よせ、カール。お前の責任じゃない。責任は俺にある。あんな物を持たせた俺のせいだ」
ルグランの機体がカールの機体の肩に手を置いた。もしこの様子を、離れたところから誰かが見ていたのなら、これがルナティックがしてるとは思わず、人間同士のやり取りのように見えるはずだ。
ルナティックの設計思想は人間と同等の動作が出来ることが目標であり、兵器としての性能を追い求めることではない。ルグランとカールの機体の人間味あふれる姿を開発者が見ていたのなら、理想が一つ実現されたことに満足したことだろう。
「カール、帰還するぞ。いいか、勝手な報告を上げるなよ。全部、俺に任せておけ」
ルグラン機は「さあ行くぞ」と合図をして飛び立った。「ですが・・・」すぐにカール機も後を追った。
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