第42話 神の目覚め

「星の、深淵?」


 イルシアの言葉を鸚鵡返しする俺を見て、当の錬金術師はくすりと笑った。


「そうさ。ここは星の中枢。謂わば、核へと通じる門さ」


「星の中枢だと?」


 イルシアの返答に驚いた俺は、周囲を見回す。

 薄暗くて、ただ広い空間。そしてその中心に開いた大穴。そこより立ち上る光と、先に繋がる幾何学模様。

 これが、星の中心?


「ケテルの鏡に覆われた孤島――このガイア大陸の中心。そしてその中枢に建てられた、セフィラの塔。天をも貫かんとする様相とは裏腹に、地下には星のコアへと通じる大穴を穿つ為の、施設があるのさ」


 イルシアは芝居がかった素振りで俺にそう告げた。

 ふむ、此処がその、星への穴を穿つ「施設」なのだろう。

 だが肝心な事が分からない。


「……まあ、ここがその、何らかの施設なのは分かったが。んで、ここで何をどうするんだ」


「うむ、それについても説明する。あの『穴』に行きつつ話そう」


 そういってイルシアはひょこひょこと歩き始めた。俺は彼女の後ろを追従する。

 興味深そうに周囲をきょろきょろしているオルとトロスを余所に、俺はイルシアの話に聞き入っていた。


「我々、タウミエルの最終目的は知っているね」


「ああ、神とやらを修復し、それで世界を調律するってヤツだろ」


「うむ。神から欠け落ちた聖遺物を戻し、復活させ、それで世界を支配するという計画だ。その為にはまあ、色々面倒な手順があるのだ。例えば、これ」


 そういって、イルシアは大穴から伸びる光の先、奇妙に回転し続ける幾何学模様を指す。


「アレが、神だ」


 何でもないように、とても気軽に告げるイルシア。

 は?


「……え?」


 俺は思わず口を間抜けな感じて開けてしまう。


「おや、珍しく表情が動いているね。ふふ、可愛らしい顔だ。それだけ、君の驚嘆を誘う情報だったようだね」


 等と言って揶揄ってくるイルシアだが、それどころじゃない。

 こんなワケの分からない光? 模様? が神だと?


「アレが神……? どういう事なんだ?」


「ふふ、まあ、余人が想像するであろう神とは、確かに印象を異にしているだろうね」


 そういって、イルシアは大穴を取り巻く技術者や研究員らに向かっていく。


「これはパラケルスス様。いよいよ神を目覚めさせるのですね」


 研究員の一人、魔人族の女性がイルシアに嬉しそうに話す。


「うむ、計画の第一段階――ようやく、それが成る時だ」


 研究員の言葉に鷹揚に頷いたイルシアは、微笑みを浮かべて俺に向き直る。


「これこそが神。この星、ライデルに眠る神さ。尼僧共が考えるような、生物的なモノではない。一種の、管理システムに近い。それは聞いているね?」


「ああ、ヘルメスから聞いたぞ」


「うむ、では話は早いな。これは一種の魔導装置に似ている。世界を管理する為の要素、力を歯車と成し、それが複雑に嚙み合って運行を司る。現在では機能不全を起こし、それ故、世界を保全することに機能の全てを割り振っているようだ」


 そう言われてから、俺は改めて「神」を見る。言われてみれば、まあ確かに、歯車めいて見えなくもない。


「欠けてしまった『歯車』は二十一個。それが今、聖遺物と呼ばれ人類が行使している理外のアーティファクトさ。神の証明持物アトリビュートというのが近いね」


「で、それを戻す為に頑張っていると。いや、その前に聖遺物を『歯車』に戻さないといけないんだったな」


「うむ、その通り。永い時の移ろいのせいで、歯車は形を変えてしまっている。ニンゲンの契約者と触れ続ける事で、彼らは本来の形を取り戻す。どれだけクシャクシャにされても、ちゃーんと成型し直せるということさ」


「……まあ、ここまでは知っている。んで、ここは何なんだ?」


 言いながら、俺は周囲を見回す。見れば見るほど面妖な空間だ。


「ここは、セフィラの塔・地界マルクトの間――天界ケテルの間と対を成す領域。星の中心に眠っていた神を掘り起こし、保存する場だ。我々が神に干渉するにも、手の届く位置に置かねばいけないのは道理。そのために、我々は数百年の時を掛けて、地を掘り抜き、神を起こした。そしてここで、神様に色んな事をしているというワケさ」


 うーん?

 つまり、神様はこの星の中心部にいて、それを掘り起こして使える状態にする為の場所が、このマルクトの間って事か。

 そういえば、ケテルの間という場所もあったな。この塔の最上層だったっけ。あの趣味悪い場所。

 ふーん、なるほどね。

 やっぱここ、ラスダンだな。


「……ラスト特有の謎空間か」


「ん? 何だって?」


「いや、何でもない。ここの場所の用途は分かった。で、お前の仕事ってのは何だ?」


 俺がそう聞くと、イルシアは研究者たちの間を抜け、金色の飛竜が浮かんでいるフラスコの前に行く。彼女はフラスコを撫でると、俺に振り返る。


「彼女は私の古い作品の一つだ。名をミダースという。ニンゲン共は錬成竜アルケム・ワイバーンなんて、センスの無い名前で呼んでいるがね」


 そういって、イルシアは笑う。

 へえ、このドラゴンが俺の先輩って事か。


「俺の先輩か。ふぅん」


「センパイ、か。うーん、どうだろうね?」


 そういってイルシアは曖昧に笑う。彼女の中にはそういった概念がないのかもしれない。

 

「んで、ミダース先輩に何をやらせるんだ?」


「うむ、それも伝えておこう」


 イルシアは研究員から書類のクリップされたボードを受け取り、ペンで何かを書き込みながら答える。


「彼女は兵器としての役目だけではなく、魔力集積装置の役目もある。龍が保有する外的魔素マナ集積能力を搭載していてね。集積したモノを体内で錬成し、純粋な魔力の結晶として創り出すことが出来る」


 書類に何かを書き込み終えたイルシアは、研究員にボードを返して更に続ける。


「数百年もの間、世界に流れる魔力を集積し続けた彼女の中には、凄まじいほどの力が存在するんだ」


 魔力を、集積……。

 イルシアの言葉の意味を考える。

 イルシアは、神が眠っていると言っていた。それを目覚めさせるための仕上げとも言っていた。

 俺は「神」を見る。まるで歯車のような様相だが、その動きはぎこちないように見える。

 まるで、眠りながら寝返りを打っているようだ。

 ふむ……。


「……察するに、イルシアが創っているのは潤滑油か」


「ほう?」


 俺の回答に、イルシアは興味深そうに目を輝かせる。


「どうも、あの『神』とやらは、動きが悪いように見える。高度な魔力の結晶であるのは見て取れるが、本人があの様子じゃ、元のパーツを戻しても、上手く嚙み合わないだろう。だからこその潤滑油だ。魔力でアレを活性化させ、聖遺物を受け入れる準備を済ませる、って所じゃないか?」


 俺の立てた推論に、果たしてイルシアは微笑んだ。


「素晴らしい。流石だよ我が最高傑作。いやあ、やっぱり君は賢い」


 イルシアは大袈裟に俺を褒めまくる。ちょっと恥ずかしいので、出来ればやめて貰いたい。


「まあ、いつもお前のクソ長い講義を受けてるからな」


「ふふ、そうだね。優秀な生徒のようで何よりだ」


 だらしなく笑うイルシアだが、その会話を終えた途端顔を引き締める。


「さて、そろそろ始めるよ。皆、準備は整っているね?」


 イルシアはバチンと手を叩き、その場にいる研究員たちに問いかける。


「はい、準備は整っています」


「うむ……」


 イルシアはミダースを撫でて、小声で言う。


「……ありがとう、お疲れ様」


 大いなる慈悲を窺わせる、創造主最後の言葉。

 道具にとって最大の名誉を感じさせる光景に、俺は少しだけ羨ましくなった。

 ミダースは、今日この日の為に創造されたのだろう。その役目を終え、自己の存在すらも捧げる究極の献身によって、主より名誉を授かって終了される。

 その光景に憧れを感じるのと同時に、もしも自分がその役目を負ったと考えた時、少しだけ恐れを感じる。

 役になって終わるのは本望だが、もう二度とイルシアに会えないと考えると、少しだけ怖い。

 

 まあ、今は俺の感情など無意味である。

 先輩として、今まで頑張っていたミダースへの尊敬を感じた俺は、彼女が浮かぶフラスコの下へ行く。


「……じゃあな、先輩」


 ――これからは、俺がイルシアを守るぞ。


「サヨナラ、サヨナラ!」


「オイラ達ト同ジ『作品』ナノニ、モウオ別レナノハ寂シイケド、ジャアナ!」


 オルとトロスも何かを感じたのだろう、フラスコの中で眠るミダースを慈しむように挨拶する。

 

「君たちも挨拶をしてくれたんだね、ありがとう」


 横に立った俺達がミダースに挨拶をしたのを見て、イルシアが嬉しそうに微笑んだ。

 

「まあ、同じ作品だしな」


「ふふ、そうだね。うむ、これで私も心置きなく始められそうだ」


 そう呟くイルシア。やがて彼女は研究員の一人に目配せをする。研究員は頷き、フラスコと繋がる何かしらの装置を弄り始める。


「――『神』への魔力供給を開始します」


 研究員の一人が厳かに呟いたのを機に、装置は起動。フラスコから光が放たれ、神へと注がれ始めた。

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