第33話 直帰させて頂くラスボス達

「――反逆防止措置の発動、だと?」


 自分の研究室で、新たなる因子への展望を考えていたイルシアは、突如として発動した反逆防止措置に困惑する。

 

「……彼が、私に反逆したということなのか?」


 そういって、首を振る。

 

「有り得ない――とまでは言わないが……考えづらいな」


 イルシアは暫く思案してみる。だが彼女は人の感情の機微に疎い節がある。自身でも自覚している欠点だ。

 

「ハァ……」


 暗澹とした嘆息をして、イルシアは椅子に座り、天井を見上げる。


「あの時だってもう少し、ヒトの心を知ろうとすれば、最悪の事態は避けられたのだろうか」


 ボンヤリと呟くイルシアの表情は、遠くにある何かへと想いを馳せているようだ。

 

「私には分からないよ、皆――」


 その呟きは、どこへ至ることも無く虚空へ解けていった。

 

 

 




 

 ◇◇◇








 世界で最も隔離された都市であるセフィロトでは、転移魔法への対策も怠らない。

 一瞬で他の座標へ移動できる空間移動系の魔法は、暗殺、奇襲などで古くより人の間で使われてきた。


 高機密領域である、中央区に侵入でもされれば目も当てられないのだ。

 だから常に、セフィロトには多数の魔術的な防護が巡らされている。維持に必要な魔力は信じがたいほどだが、魔力錬成機構――俺のエリクシル・ドライヴのようなモノだ。正確には劣化版だろう――によって賄っている。


 原則、転移魔法でのセフィロト侵入は許可されていないし出来ない。緊急時は別だが、今回のような場合は律儀に列車に乗るしかない。

 

「あー、もうサイアク! 潮風でベタベタよ! もー、海って嫌い!」


「同感だな、毛並みが最悪な具合だ」


 俺達邪悪なラスボス幹部ことキマイラのルベドと、テンプレロリババアのヘルメスは、セントラル行の特別急行列車に乗っていた。

 海の都であるマーレスダ王国――もうないけど――へ赴いた感想を述べる俺達。まあ、列車内での暇つぶしだな。

 

「エェー! オイラハ海スキダゾ! 水ガバシャーッテスルカラ、スキダゾ!!」


「ボクハ、ルベドトイッショナラドコデモイイヨ! ドコデモイイヨ!」


 トロスは海がお気に召したようだ。まあ、コイツはガキだしな。何でも好きだろう。

 オルも気に入ってはいるだろうが、温厚で素直だな、本当にコイツは。

 個人的には御免被りたい。風呂や炊事洗濯以外で水に触れるのは嫌いなのだ。それも塩水とか、最悪である。

 

「あら~、トロスちゃんは海好きなんだ~。ふふ、オルくん、そんな性悪キマイラなんて捨てて、アタシと一緒に暮らさない? 美味しいもの一杯食べさせてあげるわよ」


「お前マジで死にたいのか?」


「何よ! アンタはいつも一緒にいるからいいじゃん! アタシにもちょっと分けてよ!!」


「一緒にいるのは当たり前だろうが。見て分かんねえのか? もしかしてお前バカか?」


「なんですって!?」


 コイツマジですぐキレるな。更年期か?

 つーかどうやって俺とオル・トロスを分離させるつもりだ。そんな機能ないぞ。

 

「――車内ケータリングサービスです」


 掴みかかって来そうな勢いだったヘルメスだが、乗務員の女性がワゴンを押してやってきたのを見て、ピタリと停止する。


「……取り合えず、食事しましょ」


 ヘルメスの一言で、俺達は一先ず休戦の運びとなった。








「いい? 疲れた女の子を癒してくれるのは、美味しい食べ物と小動物なの。だからアタシには、オルくんとトロスちゃんが必要なの」


「美味い食い物ならもう目の前にあるだろ。さっきからバクバク食ってるじゃねえか。小動物が必要なら他を当たれ。コイツらはどう考えても『違う』だろ」


 俺達はケータリングが無料なのをいいことに、疲れを癒すかのように大量に食い物を用意して貰った。

 豊富な種類のドリンクは勿論、軽食や甘味の類は沢山ある。

 列車のメニュー、何気に美味かったんだよな。クリームチーズと燻製のカナッペとか。


 今日はイルシアがいないから、お守りをしなくてもいいので気楽――と考えた所で首を振る。

 いつだって一緒にいるオル・トロスは勿論、今日は小うるさいヘルメスもいる。

 俺は溜息をついた。

 

「何よその憂鬱そうな感じは」


「別に、何も」


 俺が適当に濁すと、ヘルメスは興味無さそうに「ふーん」とだけいって、カットフルーツでオルとトロスに餌付けしていた。


「オイシイ! オイシイ!」


「美味イゾ!」


「えへへ。美味しいでしょ~」


 飯を貰ってキャッキャと騒ぐオルとトロスを見て、蕩けた顔を曝すヘルメス。

 まあ、ずっとこの調子なら別にいいんだけどな。煩くないし、オルとトロスの世話もしなくていいし。

 

「そういえば」


 丁度いいので、気になっていたことをヘルメスに聞く。


「タウミエルの計画に、聖遺物――約束通り、説明して貰いたいんだが」


 俺がヘルメスに聞くと、彼女は「ああ」と言って、神妙な顔になる。


「なら、教えるわ。長くなるけど」


「まあ、時間ならあるだろ」


「それもそうね。じゃあ――」


 

 

 ――タウミエルの目的、世界調律。


 昔々、それも遥けき彼方。世界を律する「神様」より、二十一の大切な欠片が落ちてしまいました。

 その欠片は、神様の神話であり力。この世界を運営するのに必要なモノでした。

 欠片が無くなったせいで、世界は不安定になりましたが、それでも神様は頑張りました。


 どうにか世界を繋ぎ止めましたが、神様は頑張り過ぎたせいで永い、永い眠りにつくことになりました。


 そこから時が過ぎて、「欠片」は何時しか元の場所に――神様の所へ帰りたいと思う様になりました。

 なので、欠片達は、自分達を運べるだけの素質を持つ、ニンゲンを選ぶようになりました。


 ニンゲンという生き物は、とても脆く、それ故に純粋です。神様より堕ちた欠片を運べるだけの、神聖さを持っていたのです。

 

 ですがニンゲンは愚かです。欠片に選ばれたにも拘わらず、彼らを元の場所へ帰そうとせずに、利用し続けました。

 結果、神様と永い間離れ離れになってしまった欠片達は、「モノ」に落ちぶれ、今では「聖遺物」と呼ばれ利用され続けています。

 

 そこに目を付けたのが私達タウミエルです。

 コイツは使えるぜぇ、と思った私達は、聖遺物を集めて神様の所へ帰し、完成した「神」を使って世界を支配しようと考えました。

 その際にニンゲン達がボロクソになって、反逆出来ないようになれば万々歳です。

 

 聖遺物は、永い事ニンゲンの魂に触れていると、徐々に覚醒して、「欠片」としての機能を復活させます。

 復活した「欠片」を戻せば、神様は元に戻ります。ニンゲン達に聖遺物を使わせ、育った所を収穫するのがタウミエルの計画ということなのです。


「――ていうワケなんだけど、分かった?」


 まるで子供に語るように計画と聖遺物について語ったヘルメス。

 だいぶ適当な感じがしたが、まあ理解できた。


「まあな。てか、んな重要な事教えてくれなかったんだな」


「う、うるさいわね。今説明したんだからいいでしょ」


「まあ、結果的にはどうにかなったからな」


「ふん、分かればいいのよ」


 偉そうに足を組んだヘルメスは、そっぽを向いてしまう。

 難しい話は嫌いなのだろう、オルとトロスは眠そうに欠伸している

 緊張感の無いヤツらめ。


「つーか、聖遺物って二十一個もあんのか。メンドくさ」


「そうね……回収の手間を想像すると……うえ」


「しかも、聖遺物を覚醒? させるにはなんか面倒な手順があるんだろ?」


「そうなのよ! バカな聖遺物共は、ニンゲンの活発な魂に触れて無いと起きないのよ。監禁でもしようものなら、きっと見限ってどっか行くわよ。アイツらは、アンタが言ったように尻軽だから」


「最悪だな」


「ええ、サイアクよ。しかも、聖遺物には覚醒の段階があってね。ただ契約しただけのニュートラルな状態――呼称するなら、『第零』ね――力を十全に引き出せるようになってきた第一――あのクロムとかいうガキが、その段階ね――更なる力に覚醒する第二、そして完全に目覚めた第三段階。第三にならないと、使い物にはならないの」


 うわぁ……めんどくせぇ。

 RPGの悪役って面倒なんだな。実感したよ。

 

「どんくらいかかるんだ、その計画の成就には」


「知らない。めっちゃかかると思うわよ」


「だろうな……」


「しかも完全に覚醒しても、自分で神様の所へ戻さないと、意味ないのよね。覚醒し切っても勝手に戻ってくんないの。バカだから」


「ひっでぇ言い草だな。まあ理解できるが。つーか、その神様とやらは何なんだ? 大丈夫なのか利用して」


「大丈夫よ。アレに自意識はない。まるで機械の様に、淡々と世界の運行をしている。ずっと前に、アインが管理者権限アドミニストレータを得ているから、修復さえできれば問題無いの」


 ほーん、まるでシステムみたいだな。

 世界っていう、デッカイコンピューターを支配するシステム――機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナってヤツか?

 いや、使い方違う気がするな……まあいいか。

 

「壮大だな」


「世界調律だもの。壮大じゃないと」


 そういう問題か?

 まあいいか。

 

『――間も無く、セントラル、セントラルへ到着いたします』


 丁度計画について話し終えた瞬間、列車がセントラルへ到着した。

 

「お、やっと帰れるな」


「そうね。……アタシはまだ、報告の為の資料とか、色々あるけど」


 一気に暗くなったヘルメスに、いたたまれない感情を抱いた俺だが、努めて無視する。

 我ながら薄情だ。

 僅かに自嘲しながら、俺達は席を立った。




 


「帰ったぞー」


「タダイマ! タダイマ!」


「戻ッタゾー!!」


 邸宅に戻った俺は、早速帰還の挨拶をする。

 のだが、やっぱり返事はない。どうせ研究室にでも籠ってるんだろ。

 当たりを付けた俺は、研究室の方へ歩いていく。扉を開くと、薬品の奇妙な匂いが流れてくる。ああ、いつもの匂いだ。

 中は相変わらず薄暗い。しかも俺がちょっと目を離したのが悪かったのか、汚くなっている。

 俺は溜息を吐いた。

 

「イルシア、帰ったぞ」


 俺は奥に座っていたイルシアに声を掛ける。


「タダイマー! タダイマ!」


「帰ッタンダゾ!」


 蛇達はシュルシュルと近づき、イルシアの腕に絡む。

 

「ああ、お帰り」


 彼女はいたって穏やかにそういい、立ち上がって俺に近づく。


「首尾はどうだい? あの研究を使っていた愚か者共は皆殺しに出来たかい?」


「ああ、問題無い。研究成果や研究者は皆、海の藻屑だ。一人は生存しているが、それは聖遺物の契約者――殺すな、といったのはお前だからな。生かしてある」


「うむ、素晴らしい」


 イルシアは満足げに頷くと、蛇をじゃらしながら彼方を見るような視線になる。


「どうやら、神聖グランルシアの生き残りが興した国のようだったね。そうでなければ、あの研究をニンゲンが知ることは出来ない」


「それって、お前が昔いた帝国ってやつか?」


「ああ、そうだ」


 俺に聞かれたイルシアは、僅かに低い声で肯定した。


「……忌々しくも遠い、我が始まりの場所。遥けき絶望が眠る、禁忌の亡国さ」


 神妙な顔で呟くイルシア。彼女は帝国の話をする時、必ずこのような雰囲気になる。

 余程嫌な事があったのだろう。

 正直、聞くのが怖い。イルシアは大抵の事に答えてくれるし、大体優しいが――どうしても、この質問だけは踏み込めない。

 

「ルベドよ――」


 唐突に、イルシアは俺を真っ直ぐに見据えて来た。


「――反逆防止措置が発動した。アレは、どういうことだい?」


 ――無いハズの心臓が跳ね上がった錯覚。

 反逆を疑われているのか?

 過る単語――修正要項。初期化――

 主が疑念を抱いている状況。

 俺はどうすればいい――いや、決まっている。

 事実を説明し、納得できないのであれば、贖いの為に自死するより他は無い。


「――〈先史者の咆哮リヴァイアサン〉の使い手は俺に、そして俺の創造主たるお前に恨みを抱いている。あの聖遺物を用いれば、不老不死であるお前を殺すことが出来ると考えた。危険を感じ、事前に芽を摘もうとしたら反逆防止措置が発動した。お前の意向に、逆らおうとしたからだ。許せないというのならばすぐに自害を――」


 俺が説明し終わる前に、イルシアは制す。状況を上手く飲み込めない蛇達を優しく撫でながら、俺を見つめる。


「分かったよ。君が私を裏切ったワケではないようだしね。君が反旗を翻すなんて有り得ないし、あるとすれば、私という主が許せない時だけだろう。その時は、不甲斐ない主の償いとして、大人しく君の手で殺されるとするさ」


 そういって、イルシアは微笑んだ。

 

「……俺は」


 お前を決して裏切ったりはしない。その言葉は気恥ずかしくて出てこなかった。

 

「さて!」


 イルシアは大袈裟に手を叩いた。

 

「私は、君との時間がもっと必要だと考えた。ので――」


 イルシアは一瞬言葉を溜めて、そして言い放った。


「――共に、風呂にでも入ろう!」


「…………は?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る