第30話 勇者とラスボス

 ごきげんよう、合成魔獣キマイラです。

 突然ですが、諸君は「テンプレ」をどう思うだろうか。

 テンプレ――テンプレートの略語。型通りの、ありきたりな展開を指すスラングである。


 例えば、往く先々で都合よく美少女が仲間になったり。

 或いは、明らかにオーバースペックな異能を授かってウハウハしたり。

 別に悪いとは言っていない。寧ろ、そういった「王道」は、使い古されることはままあれど、それなりの面白さを持つからこそ皆が通る道なのだ。

 だが――


「……実際にやられる側だとさ、ちょっと文句も言いたくなるんだよ」


 俺の視線の先には、魔力を滾らせ魔槍を構える少年の姿。

 

 ――テンプレにしてご都合主義の王道、ピンチになった主人公が、新たな力に覚醒して強大な敵に立ち向かう。

 

 何も現実にまで持ち込まなくてもいいだろ。

 

「で、アイツどうすんだ。殺したらダメなんだろ。とっつかまえるのか? 捕まえて人体実験でもすんのか?」


「しないわよ、そんなことすんのアンタの主人とか……あと、あの陰キャネクロマンサーとか、後はその……情報部にも欲しがりそうなヤツが……」


「該当者クソいるじゃねえか。どうなってんだよ」


「知らないわよ! 兎に角、今度は殺しちゃダメ! 今回はちゃーんと言ったからね!」


 隣でガミガミと騒ぐヘルメスから意識を逸らし、少年を見下ろす。

 現在、俺は新たに得たセイレーンの因子を用い、空を飛んでいる――というか浮遊している。

 儀式場から十数メートルの高度を維持し、見下ろしているワケだが――。


「シッ!」


 少年――確かクロムだっけ?――は鋭く息を吐いて、地面を蹴った。

 溢れる魔力を放出し、肉体の強化を行っているようだ。んな身体で動いたら、心臓部にクリティカルヒットした傷が大変な事に――


「……治ってら」


 いつの間にか、短剣が抜け落ちて傷もふさがっている。

 魔力による肉体強化の影響か、自然治癒力が異常に強化されているようだ。恐らく、下手な治癒魔法よりも強く作用しているだろう。


 アレが勇者になるってことか。そういやアルフレッドもやたら頑丈だったな――もしかして、アイツも聖遺物の契約者だったりしたのか?

 もしそうなら、殺したのは不味かったか?

 …………ま、まあ、今考えても詮無きことか。


 今はそんな事より、迎撃を考えねば。

 俺が意識を戻した瞬間、クロムが踏み込み、そして脚に力を込め一気に跳躍――十数メートルの高さを維持している俺の目の前に躍り出た。


「マジかよ」


 とてつもない強化具合だ。まるで別人である。

 俺が驚いている間にも、クロムは腕を大きく引き、力を溜め――そして魔力を纏った槍を突き出してくる。

 

 ――術式選択、代理詠唱終了、実行――


 驚いたものの、努めて冷静に「腕」に防御魔法を行使させる。

 完全変異によってアルデバランの腕そのものに変じた右腕を突き出し、魔力を励起、準備した術式を展開する。

 発動した無属系統第十一位階〈絶対防御アブソリュート・シールド〉が、紫色のハニカムシールドを展開、クロム少年の槍を受け止める――


 ――事が出来ず、一撃で瓦解。障壁は一瞬拮抗しただけで吹き飛び、俺の胸に槍が吸い込まれる。


「ッ!」


 寸前で、俺は上体を弓のように逸らし、ギリギリ回避する。


「チッ!」


 不機嫌そうなクロムの舌打ち。キマイラ故の超越した身体能力ですぐさま体勢を戻すと、勢いのまま回転し蹴りを見舞う。

 クロムは槍を盾に受け止める。凄まじい轟音、少年は流星の如き速度で墜落した。


「マジでビビった。まさか一瞬も受け止められんとは。あの悪魔の魔法も役に立たんな」


 俺は思わず苛立ちと共に呟く。概念領域での完全防御魔法が、あんなにも容易くぶっ壊れるなんて思わなんだ。

 

「役立タズ! 役立タズ!」


「アイツ、強カッタクセニ、オイラ達ガ使ウトクソ弱イナ!」


 俺に同意するように、オルとトロスが口々にアルデバランを罵る。

 俺達の様子を見たヘルメスが、今度は真面目な表情で語りだす。


「聖遺物の事を知らされていないアンタじゃあ、今のは避けようのない攻撃だった。寧ろ、破られてからの見事な反応――パラケルススの最高傑作ってのは、伊達じゃないわね」


「そりゃどうも。で、〈絶対防御アブソリュート・シールド〉が破られた原因は分かるのか?」


 未だ砂煙を上げる、クロムが勢いよく墜落した場所を注意深く見据える俺は、ヘルメスに疑問を問う。


「アンタの防御魔法、害意を弾くっていう概念魔法でしょ。簡単に言えば、聖遺物にも相応の『力』が宿っている。それこそ、ああして携えるだけで、アタシ達に及ぶほどに。確かにアンタが使った魔法は強力だけど、所詮ただの術。――法則そのものを冠する聖遺物には、及ばない」


 神妙に語るヘルメス。なるほど、そう言う事か。単純に防ぎきれなかったって認識でオーケーか。


「そうなのか。色々聞きたい事があるが、詳細はイルシアに尋ねる。だが、どうしても疑問が残る。さっきの男も、同じ聖遺物を持っていただろう。あの時は〈絶対防御アブソリュート・シールド〉でも防げたぞ」


「アレは、あの男――騎士団長だっけ。アイツが使い手として未熟っていうか、相性が悪かったんだと思うわ。ていうか、多分初めから騎士団長を『繋ぎ』にするつもりで契約したんじゃない? より適性のあるヤツと契約する為のね。尻軽というよりは、悪女に近いわ」


「酷い言い草だが、言い得て妙だな。さて、アイツどうすっかなぁ」


「アンタがやりなさい。アタシより絶対強いでしょアンタ。適材適所ってヤツよ」


「チッ、しゃあねえな」


「シャアーネエナァ!」


「シャアナイ! シャアナイ!」


 結局俺が戦う事になるのか。まあいいが。

 オル・トロスの心強い言葉を受け、翼をはためかせて、俺はゆっくりと地上に降りる。

 晴れて来た砂煙の中には、槍を支えに跪き、苦しそうに息を切らすクロムの姿があった。

 そりゃ、契約とか言って、身体を無理矢理改造されたんだ。魔力回路を増やすとか、神経増設にも等しい凶行だし、調子を崩しても可笑しくない。

 

「随分と苦しそうだな。なら諦めろ、殺しはしないから」


 完全に地上戦を行う事を決めた俺は、セイレーンの翼を解除しながら、軽く肩を回して言い放つ。

 

「ッ……ふざけた、事をッ!!」


 フラフラの身体を引きずって、クロムは立ち上がり構える。

 大した根性だ。だがまあ、精神力だけじゃ長くは持つまい。

 

「ルベド……と、言ったな、化け物」


「そうだ。俺の名はルベド・アルス=マグナ。この芳名こそ、偉大なる錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルススが最高傑作の証だ」


「……何が、最高傑作だ。狂った錬金術師の慰み者の分際でッ!」


「酷い言い草だな、流石に傷つくぞ」


「黙れッ! ここでオレがお前を殺すッ! 殺してお前の主とやらも嬲り殺してやるッ!」


「ふん、言うだけなら誰にでも出来るさ」


 俺がそういったのを最後に、戦端が開かれた。

 跪いた姿勢から、一拍以下の刹那で踏み込み、魔力による強化をフルに生かして突進してくる。

 凄まじい速度――槍という武器の強みを引き出すのに十分な運動量。

 空気を裂く轟音と共に、俺目掛けて飛んでくる魔槍の一撃。


 悪くない、だが見切れるほどに単純な一撃。

 

 俺は半身になって軽く回避、反撃としてオルとトロスが身体をしならせ、重量を生かした重く鋭く素早い連撃をクロムへ見舞う。

 

「クッ!」


 鞭という武器は、音速を超えるほどの速度で振るわれる。

 オル・トロス――意志を持つ、凄まじく硬い鱗ととんでもない重量を誇る蛇。彼らの打撃は――自在に動き、凄まじい破壊力を持つ、ドデカい鞭のようなモノだ。


 オルとトロスが全力で動けば、俺の周囲を破壊し尽くすような、音速を優に超える連撃を以て結界めいた領域を作ることすら可能だろう。

 そんな彼らによる攻撃――牽制の意味合いが強い、すぐに引いて戻れるように調整した様子見の連撃とはいえ、クロムは迫る打撃を見事に叩き落していた。

 

「ウニャ!? コイツ強イゾ!」


「目ガイイ? 目ガイイ?」


 斬り結んだ感想を述べるオルとトロス。

 もう少し威力と速度を上げれば打ち込めるだろうが、その場合は反撃されるだろう。

 面倒臭いな、まあいつも通り、オルとトロスに援護させ俺自身が踏み込むべきだろう。

 

 そう決めた俺は、最小限に抑えた挙動で前方へ踏み込む。距離を取っていたクロムへ詰め寄り、拳による連撃を見舞う。

 

「――ッ!」


 初撃、前傾姿勢によってクロムとの体格差を消してから、潜り込むようなアッパーカット。

 とんでもなくガタイのいい俺が、一瞬で体勢を低くすると、その差異によって対象の思考に空白が生まれる。


 刹那の逡巡は、戦いにおいて久遠にも等しいほどのロスを生む。

 結果クロムは対応が遅れ、防御が間に合わず中途半端に腕で受けてしまう。


「ッ!!」


 衝撃――人外という言葉すら生温い膂力と魔力強化による拳。

 魔力による応急防御を貫通し、鈍い衝撃がクロムの右腕から胴体を貫く。

 

「カハッ――」


 空気を肺から強制で吐き出す羽目になったクロムは、足による踏ん張りが効かず後方へ弾き飛ばされる。

 次撃――吹き飛ぶクロムに合わせて踏み込み、そのままストレートを打つ。

 痛みに喘いでいたクロムは、どうにか精神力で持ち直したのか、今度は槍を以て拳を受ける。

 ――ガァンという、鐘の音にも似た金属音。流石に武器で受けたからか、今度は防御に成功したようだ。

 

 ――故の、追撃。


 防御するクロムを掻い潜るようにオル・トロスが殺到。オルが頭に、トロスが腹に突進――頭突きした。


「ぐふっ!?」


 モロに喰らったのがよく分かる呻き。クロムはゴム毬のように後方へ飛んでいく。しぶとい事に、槍だけは手放していない。

 ならばこそ、トドメの一撃――クロムを追跡し、体勢を立て直す前にサマーソルトで空に打ち上げる。


「ッツ!!」


 声にならない悲鳴を上げ、空中で情けなく踊る少年へ向け飛び、今度はカカト落としで地面に叩き落とす。

 床にめり込んだクロムの傍に降りた俺は、彼を引っ張り出し頭を掴み、宙づりにする。


「まあ、こんなモンか」


 俺はクロムをその辺に投げ捨てる。こんだけシバいて置けば、暫く動けまい。

 

「んで、コイツどうするんだ。このままだと、大波に呑まれて死ぬぞ」


 俺の戦いを見ていたヘルメスは、ゆっくりと空中から降りてきて、横で足を組んだまま微笑んだ。


「てっきり力任せな戦いをすると思ってたけど、案外技術もあるのね」


「そりゃ、俺だって百年単位で生きてるんだ。やる事ないし、体術の自主練習くらいはするさ」


「自主練って……まあいいわ。そうね、結界かなんかで隔離するとかにして頂戴。連れていってもいいけど――聖遺物の契約者には、自主的に強くなって貰わないと」


「んだそれ……ああ、あの、聖遺物の覚醒とかいうヤツか」


「そうそれ。セフィロトの街で監禁するだけじゃ、いつまで経っても覚醒なんてしない。契約者自身の、自主的な強い意志がキーになってる臭いのよね。本当なら、手元で管理したいけどそうもいかないの」


 ふーん、よく分からんが、そういうものなのだろう。

 おっと待てよ、これもまたテンプレの一つじゃないか?

 強大な敵と戦うが敗北、だが何故か適当な理由を付けて見逃してくれるアレ。

 うーん、逃がすと面倒な事になるんじゃないか?

 いや、タウミエルの計画に必要な以上、どうしようもないか。

 しゃあない、適当に結界でも貼って、コイツだけは死なないようにせんとな。

 

 そう考え、俺はクロムが寝転がっている場所まで近づく。

 しぶといのか、それとも「槍」の方が細工をしているのか、未だクロムは聖遺物を握ったままだ。

 さて、どんな魔法がいいかな。

 そう考えてた瞬間――


「――?」


 俺は、クロム少年に下から脳天までを貫かれていた。

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