第15話 塔の上のラスボス達

「私はダアト、この都市を統べるクリフォト委員会の委員長です」


 驚きの自己紹介だ。この都市はチンチクリンのガキの方が出世できるのか?

 俺の疑問を予見していたように、少女――ダアトは言葉を続ける。


「あくまでも、私の役割は対外へ向けての代表役。本当の支配者は、他にいらっしゃいます」


 もっとも、パラケルスス様はご存知でしょうが――とダアトは結んだ。

 なるほど、表の顔役に隠れた真の主。中々悪の巣窟っぽい感じだ。

 俺がそんな中身の無い事を考えていると、イルシアが前に進み出てダアトに視線を合わせる。


「奇しくも約束を守る形になってしまった。久しぶりだね、ダアト」


「お久しぶりです、パラケルスス様。壮健そうで何よりでございます」


「彼は、やはりあの塔に?」


「はい、我が主は、セフィラの塔最上にいらっしゃいます」


 ダアトはそういって、天高く聳える塔を指す。その最上こそが、この都市の支配者がおわす聖域なのだろう。

 返答を聞いたイルシアは少し考えた後、再びダアトに話しかける。

 

「そうか……ダアト、頼みがあるのだが」


「何でございましょうか、パラケルスス様」


「私の最高傑作にして、最優の従者、ルベド・アルス=マグナ――彼に創設者達オリジンの面々を紹介したいのだ。集めてくれるかい?」


「リンド様以外ならば、召集に応じて下さるかと」


「ふむ、彼はどこかに行っているのかい?」


「はい、現在都市を留守にしているそうです」


「では仕方ない、その他の面々を――そうだ」


 何かを思いついたイルシアは、振り返ってヘルメスの方を見る。


「そういうワケなんだ、君も参加してくれるかい?」


 イルシアに問われたヘルメスは、ニヤリと口角を上げ、腕を組んで偉そうに返答する。


「まあ、良いわよ。コイツはあんま気に喰わないけど、アンタの最高傑作だもの、今後幹部として、色々関わるだろうし。それに、コイツの尻尾、この子達が可愛いから、免じて従ってあげる」


「ふふ、感謝するよ、ヘルメス」


「オイラ達ハイイコナンダゾー!」


「ナンダゾー! ナンダゾー!」


「ああもう、抱きしめた~い!」


 ヘルメスが変な表情で俺の後ろに引っ付いてくる。キモ過ぎる。


「離れろ、気色悪い……」


「なんですって!? 女の子にキショいとか、フツー言ったらダメでしょ!!」


「お前さっきの表情、鏡で見てから言えよそういうこと。きっと万人がキモイって言うぞ」


「言いません! 言わないです! アタシ可愛いからそんなこと言われません! 可愛い子はどんな顔してても可愛いんです!」


 キンキンするような声で叫ぶヘルメス。キモ過ぎるしウザすぎる。変態みたいな顔して後ろに抱きついて来たら大体のヤツが同じような反応すると思うのだが。

 そりゃ、見た目は美少女だ。でも嫌なモンは嫌だ。俺には性別はないし性欲もないので、んなことされても嬉しくない。

 生体兵器にそういったことは不要、という事なのだ。

 

 そんな事を考えていたら、イルシアとダアトはもう既に歩き出していた。やべえ、置いてかれる。


「待てイルシア、こんなの一緒に置き去りは御免だ」


「こんなの!? 今こんなのって言った!? 言ったわよね!?」


 相変わらず煩い声で文句を言ってついてくるヘルメス。それに辟易しながらも俺はイルシアの後を追う。

 

「道すがら、セフィロトの成り立ちや目的、そういったモノについて教えよう」


 イルシアに追い付いた瞬間、彼女はガミガミと嚙みついてくるヘルメスには意識を向けずに語りだした。なんてスルースキルだ。


 ――時は新生歴以前、世界には未曽有の災厄が発生した。

 強大な魔物、或いは神の出来損ない――そうとまで言われた怪物によって、世界は滅茶苦茶にされた。


「その際に私がやらかしてね。現在の帝国の源流となる、昔の帝国を滅ぼす原因を作った」


 その時に嫌な事があったのだろう、少し苦々しい態度を見せ、それをすぐに引っ込め続きを話すイルシア。

 

 ――聖国があった場所には、当時から国があったのだが――各々が目先の利益を求め争っていた。

 それに加え大災害だ。この大陸の行く末が変わる程の、凄まじい事件だった。

 正に最悪の時代だ。世界は滅び掛けて――しかして乗り越えた。

 

 例えば、聖国。

 自分の事しか考えていないモノ共の中より、真正の善人達が現れ、聖遺物と呼ばれる強大なアーティファクトに見初められ、災厄と戦う勇者となった。


 或いは、帝国。

 災厄が訪れる少し前に滅んだその国は、残骸を纏め新たな国を興した。


 古の世では魔物が脅威を振るい、人の如きはいつも危機に瀕していた。

 だが、世界が新生したことによって生まれ変わったのだ。人類の為の、世界として。


「新生歴っていうのは、世界が再生した日を祝ってつけられた、大陸共通の暦さ」

 

 それは兎も角、そんな中、人ならざる存在――魔族や、魔人族、新生された世界より追放されたモノを纏め、見放された孤島に秘密裏に安寧の地を造ったモノもいた。

 

 それがセフィロト。ひいてはそれを興した五人の創設者達オリジン

 その都市は発展した。ケテルの鏡によって守られた安寧の地で、寿命を持たず、能力も人類種より優秀な人外達は、信じ難い速度で様々な知識や技術を集積していった。

 

 やがて世界最大の知を得たセフィロトは、改めて思った。

 この星は、人類に優しくなり過ぎたのだ、と。

 

 新生を経て、人は増え、ついに人同士で殺し合うようになった。

 それによって世界は疲弊し、多くが失われた。

 時に利益を求め、版図を得んとするが故に。

 或いは神の名の下に、信仰なきモノを滅する。

 それに加え、時折世界を騒がせる魔の者共。

 この世は、人類を増やし過ぎた。

 そして人は、自らで自らを律することはできない。きっとそれは、神にも不可能であった。

 

「だからこそ、神でもない、人でもない、人外の超越者である我々が、この世を律する。それが、このセフィロトを裏より支配する――『タウミエル』――世界の影、創設者達オリジンの目的なのだ」


 この塔の頂上にいる支配者に言わせれば、だけれどね。

 イルシアはそういって物語るのを止め、結んだ。

 彼女が語り終える頃には、丁度塔の前についていた。


 見上げると首が痛くなるほどに高く聳える巨塔。セフィラの名を関するその場には、都市を律する法則や、英知が集っていた。

 天をも貫かんとする巨塔はまるで、人の世を見下ろす神の世界のようで――或いは、その神とやらに近づき、叛逆せんとしているようでもあった。


 

 


 セフィラの塔と呼ばれる、この都市の政庁は複雑な造りになっている。

 幾重にも階層が連なり、一層一層に施設が存在している。各階層は階段、或いは転移魔法を込めた術式陣によって転移、移動する。

 有事の際は転移先をいじったりして対抗するのだとか。

 

「我が主がおわす最上層、ケテルの間にご案内します」


 まるで神話の世界を思わせる、煌びやかで荘厳な塔内を唖然としながら眺めていると、ダアトがそういって案内してくれる。

 受付を進み、奥にある大きな転移陣。それに乗った俺達は、転移特有の浮遊感を感じた後、視界が切り替わっていた。

 

「……ここが、最上層」


「暗イナァ」


「インキ、インキ!」


 そこはまだ昼だからか明かりは無く、窓から取り入れる陽光のみが頼りだった。

 塔内の荘厳さと比較すると、落ち着いた印象を与える意匠だった。黒い大理石で造られた床や、黒漆喰の壁、何かの神話を思わせるレリーフ。荘厳というより、威圧感を与える造りだった。


 部屋の造りとしては、塔だからか円状で、周囲一面ガラス張りである。中央には大きな円卓が置かれ、正に悪の幹部が会議でもしていそうな場所だった。

 その円卓、正面――つまり上座に座った影。

 

「やあ、アイン。久しぶりだね」


 進み出たイルシアが、旧友に話すような親しさを込めて語り掛け、


「相変わらず辛気臭いとこねここ。来たわよ、他のヤツも呼んでほしいって」


 周囲を見渡し、少し不機嫌な顔をしたヘルメスがぶっきらぼうに言い放つ。

 影は顔を上げた。同時に陽光が入り込み、影の容貌が明らかになる。

 黒髪の美青年だ。貴族のような黒いジュストコールを着ている、こんな場所でなければ人間の貴種にしか見えない青年。だが彼の瞳、超自然的に輝く金色の瞳が、どこか人間離れしている印象を与える。


「ククク、久しいなイルシア、噂は聞いていたぞ。戻って来てくれて何よりだ」


 青年――アインは果たして悪役のような口調で、嬉しそうに話し始めたのだった。


「ヘルメス、お前も帰って来ていたか。情報部としての仕事は順調か?」


「問題無いわ。そろそろ帝国と聖国の本格的な衝突が起こりそうな感じ。後で書類で報告もしておくけど、一応伝えとく」


「ほう……そうか。では計画通りに行動しよう――さて」


 一通り話し終えたアインは、俺の方に視線を向ける。


「貴様は、何者だ?」


「彼は――」


 イルシアが俺の紹介をする前に手で制する。組織のボスくらいには、自分でやっとかないとな。


「俺はルベド・アルス=マグナ。錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルススの最高傑作――キマイラだ」


「サイコーケッサクナンダゾー!」


「ボク達、イッチバンスゴイ! スゴイ!」


 最高傑作と聞いたアインの眉がピクリと上がる。


「最高傑作……それは、まことか?」


「そうだよアイン。彼こそが最高傑作――私はきっと、彼以上の存在を錬成することはできない」


「そうかっ……!」


 イルシアの返答を聞いたアインは立ち上がり、嬉しそうに俺に近づいてくる。


「歓迎する、アルス=マグナの系譜を継ぐ者、至高の錬金術師の最高にして最後の傑作よ」


 差し出された小さな手――俺に比べれば――を一瞬見た後、俺はアインを見下ろした。


「ああ、我が主人が世話になる」


 手を取り、握手の成就を以って邂逅を終了した。


「さて、ルベド君に、この組織が如何なるモノかは説明したのだな?」


「ああ、私が済ませたよ。ダアトの仕事を奪って悪かったね」


「そのような事はございません、パラケルスス様。寧ろ、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」


「そうか、ではこの委員会を裏より統べる、五人の創設者達オリジンについて説明しよう」


 丁度、来たようだからな――そういってアインは転移陣がある場所を視線で指す。

 彼の言う通り、転移陣に魔力が奔り、空間が歪んで光を放つ。収まった頃には、一つの影があった。


「……ふむ、ワレが最後のようだな」


 男とも女とも判然としない歪な声を発するそれは、金属の仮面を被った、魔導師のようなヤツだった。

 銀色の、ツルッとした彫刻もないシンプルな仮面。着ているのは褪せた色をした赤いフード付きローブ。フードを被り、全身を布で覆っているからか、どうにも姿が判然としない。不思議で不気味なヤツだった。

 

「やあ、ヴェクサシオン。久しぶりだね」


「……イルシア……久しい……同じ魔術の学徒として……キミを歓迎する」


 その影は俺達の間を通り抜け、アインの隣に立つ。

 

「では――名乗って貰おう」


 アインがそういうと、まずはと言った様子でヘルメスが進み出る。何故かウキウキしている。


「情報部総長! 都市の耳にして目! ヘルメス・カレイドスコープ!」


 次いでイルシアが進み出て、これもまた何故かノリノリで胸を叩く。


「最強天才錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルスス――ま、ルベドは良く知っているだろうが」


 続けてローブのヤツが、少し気怠げに声を上げる。


「……生と死を……研究する魔導師……ゼロ=ヴェクサシオン。お前が、イルシアの作品か……興味深い」


 最後に残ったのはアインだ。彼は一歩進み出ると、胸に手を当てて声を発する。


創設者達オリジンの長、アイン・ソフ・オウル」


 名乗った後、慇懃に一礼する。


「その従者、ダアトです――アルス=マグナ様」


 ダアトも主と同じように綺麗な一礼をする。


「所用で留守にしているリンドを除き、全ての創設者達オリジン、ここに集った。いよいよ、計画が動くと思ってくれて構わない」


 アインの言葉に、集まった全員は思い思いの表情を浮かべる。


「……計画って、この地を統べるのは我々――とかいうアレか?」


「その通りだ、ルベド君。おいおい君にも詳細を教えよう。残る一人も、紹介しなければならんからな」


 だが――その前に。アインは言葉を切って、イルシアを見る。


「イルシア、お前の住居――もとい、研究所を用意している。ダアト、案内してやれ」


「はい、アイン様」


 ダアトはコチラを見て、一礼する。


「僭越ながら、案内を務めさせてもらいます」


「他の者達も、ルベド君が気になっているだろうが、今回は顔見せだけだ」


「えぇー! もっとオル君やトロスちゃんと遊びたかったー。あ、アンタはいらないのよ」


「……興味、あったが……仕方ない……」


 思い思いの感想を吐く幹部達を見て、アインは苦笑する。


「ま、まずは新たな住まいを見てくるとよい」


「感謝するよ、アイン。じゃ、行こうかルベド」


 イルシアに促され、俺は奇妙な邂逅を終わらせてその場を後にした。

 ……なんつうか、濃い奴らだったな。

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