第6話 性能試験は大切です

 聖国アズガルド。

 ガイア大陸の中でも宗教を以って影響を齎す国家。

 宗教と政治は組み合わさると凄まじい効力となる。それを現した存在である。

 

 そんなアズガルドの中でも秘蹟機関と呼ばれる暗部は、かの国の恐ろしさを象徴している。


 一般市民に明かされるような組織ではないが、知っている者は知っている。

 勇者や英雄と呼ばれる超人で、かつ信仰篤い者のみが所属する組織。メンバーは十数人程度で構成され、席次番号が若い者ほど地位が高く、強い。

 

 アズガルドと秘蹟機関は長年世界の脅威と戦い続けて来た。錬金術師パラケルススも宿敵の一人である。


 故に、今回の好機は掴まなければならない。

 

「パラケルススの作品が、彼女のいる森に現れた。世界各地に散る他の作品とは違い、奴の側近と思われる。つまり、森の作品の傍には、必ず錬金術師がいる」


 秘蹟機関第十席次――カーライン・シェジャ・アーチボルトは決意に満ちた目をしていた。

 

「はい、姉さま。必ずや悪しき錬金術師との因縁に終止符を」


 カーラインの弟、秘蹟機関第九席次、アルフレッド・ゼン・アーチボルトが頷いた。


「手筈の通りに戦闘を進める。いいな?」


「はい、姉さま」


 驚くほどよく似た双子である彼女らアーチボルト姉弟。クリスタルのような瞳と、プラチナブロンドの髪という目を引く容姿だ。姉は肩口の辺りで髪を切り揃え、弟は非常に長いロングヘアーである。

 

「しかし……本当に戦いになりますかね?」


「ああ、なるさ。かの錬金術師は、己の箱庭でうろつく人間がいたら、必ず実験体にしたくなる性らしいからな」


 ――彼女は、必ず乗ってくる。








 ◇◇◇








 どうも、合成魔獣キマイラです。

 ナントカ計画が進んで、俺は前より強くなった。

 早速新たな力を引っ提げ、次の因子探索に赴こうとしたのだが、もう少し時間を空けてほしいと言われたのだ。


 一応、経過観察や拒否反応――ないだろうが――を調べたり、諸々のテストを行う為である。

 そんなワケで、俺はキマイラとしての日常に戻ったのだ。

 

 とは言っても、やる事が無くて暇だ。

 イルシアの世話は一日三食の飯と掃除洗濯、あとちゃんとアイツを風呂にいれ寝かしつける事が業務内容だが――それ以外の時間は、基本フリーだ。

 性能試験にも出来ることも限りがある。何せ狭い屋敷の中だからな。どっか外に広い実験場でもあれば別なんだろうが。

 

「……暇だな」


 椅子に座った俺は、実験やら何やらに夢中なイルシアを眺めてボソリと呟く。

 腕を頭の後ろへやって、足をプラプラさせて見る。俺の尻尾である蛇達も、非常につまらなそうにしている。

 トロスなんかは欠伸して目に涙を浮かべているし、オルは既にウトウトとしている。


 ……こんな時は外の世界の様子を見るに限る。

 俺は研究室に備え付けられている水晶玉の前に行く。これは千里眼の魔法器具で、文字通り千里の先をも見る事が出来る便利なシロモノである。

 暇な時はこれで時間を潰すのだ。さて、まずは森の周りを見るか。

 

 俺は水晶玉に触れ、魔力を流し千里眼を励起させる。

 念じた通りに、水晶玉から立体映像が浮かび、俺たちが住んでいる森の周りの様子が窺えた。

 

「……あ?」


 浮かんだ光景を見て、俺は間抜けた声を出してしまう。

 森の入り口には平原が広がっているのだが、そこに凄まじい数の人間の群が広がっていた。


「何だアレ。祭りか何かかな?」


 いや、でも全員武装している。しかもコイツらの装備、見た事あるぞ。

 ……ああ、思い出した。俺がこの前殺した人間と同じ鎧を着ている。

 

「仇討ちか? 酔狂な連中だ」


 お、ちょっと違う装備をしているのもいるな。どれどれ……ふぅん、法衣を着ている聖職者みたいな輩だ。

 鎧軍団と比べると、数は少なめだ。


 俺は法衣を着ている集団を眺めていると、その中の女――他の者とは違い、黒く荘厳な意匠の法衣を着た綺麗な髪をした女性と、目が合った。


 ……あ?

 

 おいおい、占術だぞこれ。まさか探知でもされたか?

 疑問を感じた瞬間、屋敷に張り巡らされた対抗魔法の結界が作動し、千里眼は打ち切られる。けたたましい警告音が響き渡る。

 

「うわ、ビビったぞ」


「何だいこれは? ……おや、なるほど――」


 異変に気が付いたイルシアが作業の手を止め、こちらに近づいてくる。千里眼の水晶を検分した後、神妙な顔で頷いた。


「どうやら探知をされた後、カウンターで占術を打ち込んできたみたいだ。それに反応して、屋敷の結界が作動したみたいだね」


「……もしかして、不味いことしたか?」


 この魔法器具の使用は自由にしていいと言われていたものの、いざ問題が起きると申し訳なくなる。

 だがイルシアは微笑みながらゆっくりと首を横に振る。


「丁度良かった、どうやら外にお客様がいるようだね。我々の実験に付き合ってもらおう。いいテストになるぞこれは……ふふ」


 ヤバイ顔で笑うイルシアは、正しく悪の錬金術師という感じだった。

 まあいい、俺も暇してたからな。身体が鈍るといかんし、ちょっと運動してくっか。


「了解、イルシア。んじゃ、試せなかった機能や魔法も実践できそうだな」


「戦イ? 戦イ?」


「ウッシャ! 運動ノ時間ダナ!」


 柄にもなくちょっとワクワクする俺と、くねる尻尾の蛇達を従えて、俺は屋敷を出て森の外で出迎える客をもてなしに向かった。






「うわ、まじで人多いな」


 森に居並んだ人間の軍隊を見て、辟易してしまう。

 魔術処理を施した装備に身を包んだ騎士の一団。千人ほどはいるだろう。

 その後方に控える魔導師らしき者と聖職者。恐らくあの群の中に、俺と目が合ったヤツがいるだろう。

 

「獣人、なのか?」


「いいや、見よあの禍々しい気配――それに異形の尾を」


「そうだな……あれなるが錬金術師の作品か」


 好き勝手言い放題の人間達。禍々しいだとか、失礼だろ。まあ合ってるけどさ。

 

「酷い言い草だよ全く」


「ソウソウ! オイラ達ハ、イイコダゾ! イルシアモ言ッテルゾ!」


「イイコ、イイコ!」


 いい子がどうかはぶっちゃけどうでもいいのだが、兎も角俺は森の奥より進み出て、騎士らの前に立つ。


「アンタらは……ああ、ええっと、どこの国から来て、幾何なる身分で、どのようなご用向きがあってここに?」


 こういうのは普通、押しかける側は言わなきゃいけないヤツだと思うのだが、仕方ない。

 基本がなっていない奴らめ。――と思ったが、俺は化け物で創造主は犯罪者。なら仕方ない、化け物と犯罪者に人権は無いのだ。

 

「しゃ、喋ったぞ!」


「キマイラって喋れるのか……?」


「さあ……」


 コイツら、俺が聞いても無視しやがった。なんてヤツらだ。

 俺が人語を解せることが驚愕らしいが、別に人外と人間の異文化理解をしに来たワケじゃないのだ。


「それで、何の用だ」


 一応礼儀だ、聞いておかないとな。例えこれから鏖殺する相手だとしても。

 逝く時くらい、口上程度は聞いて欲しいモンだ。

 それに、自分達に関係ないなら――有り得ないだろうが――見逃してやれというのはイルシアの言だ。


 俺の言葉にまごついていた人間共。その群を十戒の聖人の如く分かち現れたのは、一際立派な体格で、質の良い装備をした男。

 男は俺から十分な距離を取った上で前に立ち、厳かに言い放った。


「我々はアデルニア王国騎士団、及び聖国アズガルドの聖別軍レギンレイヴである。私はアデルニア王国騎士団、団長のザック・ラングレイだ」


「それはどうも。んで、どんな用でここに? 知らないなら言っておくが、ここはさる錬金術師の住まう地。不用意な侵入や、示威行為は敵対と見做されても可笑しくないぞ」


「そうだな、全くもってその通りだ。ならば問おう、先日この森を訪れた騎士団の調査隊、その内三人が殺害された。その森に住まう悪逆の錬金術師の作品によって――」


「――それが俺だと?」


「違うのか?」


「いいや、違わない。合っているとも。それで、だからこうして軍を並べ、殺しに来たのか?」


 俺が挑発めいた声音で言って見せると、騎士団長ラングレイは一つ深呼吸をした後、大声で言い放つ。


「その通りだ! 今日、この日、母なるライデルより悪しき作品と、錬金術師が潰える! 故に、今この瞬間が命日と知れ!!」


 啖呵を切ったラングレイは、腰から提げた剣を抜き放ち、突きつけてくる。彼の後ろの騎士達も抜刀し、武器を構え、魔導師は術式を励起させる。

 まさに、四面楚歌ってやつだな。普通のヤツなら確実にゲームオーバーだろう。

 

「――バカ共が。だが丁度いい、新たなる力、お前達で試してやる」


「試シテヤル!」


「今度ハルベドヲ守ルヨ! 守ルヨ!」


 エリクシル・ドライヴより魔力を錬成し、赤い稲光となって俺の全身を覆い力を目覚めさせる。立ち上がる殺戮機構と共に、燃え上がる戦闘衝動と破壊衝動に任せ、俺は言い放った。


「俺の名はルベド・アルス=マグナ。創造主にして至極の錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルススの最高傑作――お前らに干渉の余地はないと知れ」


 引き換えに失った人がましさすら打ち捨てて、唯一残った主への忠誠と恩義を以って、この場を鏖殺する。

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