第2話 お嫁にするなら

 翌日、僕はランドセルを背負ったまま叔母の家へ立ち寄った。

 玄関に入ると、ふんわり優しく甘い香りがする。

「あらあら、タカちゃん、良いところに。もうすぐ蒸しパンが出来上がるんだよ。お上がり」

 いつもと同じのんびりとした調子で、大叔母は迎え入れてくれた。

 僕は靴を揃えると、のろのろと居間へ向かった。

 


「おやつは、蒸しあがるまで、もう少し待ってちょうだいね」

 荷物を置いて正座をしていると、京子おばさんは麦茶を持ってやってきた。


 喉はカラカラだった。

 僕は背筋を伸ばすと、

「昨日のお土産なんだけど……」

 と話し始めた。すると、

「素敵なお茶碗ありがとうね。今日から早速使わせてもらっちゃたわ」

 大叔母は恥ずかしそうに微笑んだ。


「あの、僕、夫婦茶碗ってよく分からなくて」

 僕は、謝ろうと必死だった。 

 京子叔母さんが、本当に嬉しそうに見えたから、なんて言って良いか分からず、涙が込み上げてきた。


「すごく好きな色と模様だったわよ。お父さんも喜んでくれていると思うわ」

 大叔母さんの視線の先には仏壇があって、厳しい正一叔父さんの写真があった。


 そして、その前に置かれたお膳には、僕が買った濃茶の飯椀が使われていた。

 

「大丈夫? 嫌じゃなかった?」

「とんでもない、凄く気に入ったわ。お父さんとお揃いですもの。嬉しくて。」

 にっこりした京子おばさんの慈しむような目は、僕を見たあと、正一叔父さんに注がれた。


「そうだわ、そろそろ出来上がりかしらね」

 大叔母は、はっとしたように時計を見ると、台所へ向かった。


 

(きっと、幸せだったんだろうな)

 僕は仏頂面の正一叔父さんの写真を眺めた。

 そして、将来お嫁さんにするなら、京子おばさんの様な人が良い。そう思った。


「おまたせしました」

 おやつの、さつまいもの蒸しパンは、あったかくて、とても優しい味だった。

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