裏山にいたもの

@aikawa_kennosuke

裏山にいたもの

私、四国の田舎出身なんです。


何もないところですが、川も海も、山の緑も綺麗で、都会にはない伸び伸びとした空気が広がっています。




少し栄えている街もあるのですが、実家はその街から少し離れた、いわゆる新興住宅地の中にあります。


丘の上に建てられていて、周りにも比較的新しい家々が規則正しく並んでいます。




新興住宅地とは言っても丘全体が住宅地域となっているわけではなく、半分くらいは未開発で、木々がそのまま残っていました。


要するに、家のすぐ近くに山があるわけです。


私たちはなんとなく“裏山”と呼んでいました。








あれは小学校2年生のころだったと思います。




その時は同じ住宅地の中で、同い年の子どもが多く、仲良くなって遊ぶことがしばしばでした。


特にAとBとCの三人とは毎日のように遊んでいました。




住宅地には公園もあったのですが、やはりどうしても裏山に目が行くわけですね。




ある日、Aがこんなことを言い始めたんです。




「裏山に秘密基地つくろうよ!」




当時はテレビゲームやカードゲームが流行っていましたが、“秘密基地”という言葉はそれらを霞ませるほど魔力的な響きを持っていました。


裏山にはまだ一度も足を踏み入れたことはなかったので、未知を冒険するような興奮も相まって、4人して目を輝かせながら探検と基地作成の計画を立てたました。




家にあった工具やシート、遊び道具等を各々が持ち寄って、さっそく次の休日に4人で裏山へ向かいました。




住宅地域の端の方には果樹園や畑があり、それらに挟まれた畦道が裏山の方へ続いていました。




大人に見つからないように畦道を抜けて裏山に入ると、ほとんどけもの道でしたが木々を縫うように細長い道があり、木につかまりながらなんとか進んで行くことができました。




初夏の暑さと湿気で4人とも汗だくでしたが、山を登るに連れて陽を遮る木々が増えてきて、涼しげな風を感じるようになったので、次第に快適に進むことができるようになりました。




20分ほど進むと、開けた場所に出ました。


周囲を見渡すと、どうやらその場所が裏山で一番高い所のようで、住宅地とその反対側にある山を一望することができました。




冒険のゴール地点のようにその場所が現れたので、ここに秘密基地を作ろうということになりました。




秘密基地と言っても、簡単なテントを張ったり、周囲の木々にハンモックを吊るしたりして、自分たちの遊びやすいスペースを少しだけ作っただけでした。


しかし、当時はそれだけで何にも代えがたい充実感を得ることができました。




それから、放課後や休日には4人で秘密基地で集まるようになりました。


漫画やゲームを持ち込んで遊ぶだけでしたが、気兼ねなく自由に、自分たちで作った場所で過ごす時間はあっという間に過ぎました。








しかし、秘密基地を作って1か月ほど経ってから、妙なことが起こり始めたんです。




その時期はすでに夏休みに入っていましたから、ほとんど毎日裏山へ行っていました。




ある日、秘密基地に着くなり、Bが声をあげました。




「あっ!」




Bが持ち込んだテントが上下逆さまにひっくり返されていたんです。


杭で固定していたので、少々の風等ではびくともしないと思っていたので、僕たちは驚きというより、何か狐につままれたように立ち尽くしました。




Bはぶつぶつ文句を言いながらテントについた泥をはたいていました。




「こんなにして。誰がやったんだよ。」




もちろん僕たちではありません。




Aは「他の子どもか大人に見つかったんじゃない?」


とあっけらかんとした感じで話していました。




気の弱いCは「イノシシとか、動物に荒らされたんじゃないかな。」


と少し怯えた様子で言っていました。






しかし、それだけでは終わらず、秘密基地に行くたびに何か異変が見つかりました。


おもちゃや漫画が無くなっていたり、汚されていたり、吊るしていたハンモックが外されて他の木に引っかかっていたりと、さまざまでした。




さすがにおかしい。


風や動物などではなく、人為的なものだとしても、こんなに執拗に続けるなんて。


と4人とも感じていたと思いますが、誰も言い出さず遊び続けました。


せっかく作った秘密基地ですから。








8月も中盤に差し掛ったころです。


住宅地の中央には大きな公園があったのですが、その公園でお祭りが行われることになりました。


祭りと言っても、公園内に屋台が並ぶだけの小さな祭りです。




しかし、住宅地の住民の数も少なくはないので、子どもから大人まで集まって当日はかなりの賑わいでした。






お祭りでも僕たちは4人で一緒にいましたが、暗くなったころにAがこんなことを言いだしました。




「祭りなんか抜け出して、秘密基地に行こうよ。」




僕とBはすぐに賛成しましたが、Cは渋っていました。




「暗いと危ないし、帰るの遅くなったら怒られちゃうよ。」


と言うCを、なかば無理やり説得して、裏山の方へ4人で向かいました。








Aが家から持ってきた懐中電灯の明かりを頼りに進みましたが、さすがに足もとがおぼつかなく、何度か転びそうになりました。


夜の裏山はひんやりとしていて、虫の鳴き声や風の音がいつも以上に響いて聞こえました。




秘密基地まであと少し、というところで先頭を歩いていたAが足を止めました。




「どうした?」


と僕が声をかけると、


「しっ!」


とAが口に人差し指をあてて言って、僕たちに一旦しゃがむように合図しました。




「なんか聞こえる。」


Aに言われるがまま僕たちは伏せて耳をすませました。




しかし、何も聞こえてきません。


Cは怯えた様子で、


「なんだよ。脅かすのはやめてよ!」と言いました。




「あれ。たしかに何か聞こえたんだけどな。」


Aは少し腑に落ちないような様子でした。






秘密基地に着くと、またいつものようにテントがひっくり返されていました。


いつもと違ったのは、月明りに照らされて、その場所だけ浮き上がったような、一種神秘的な雰囲気があったことです。


懐中電灯の明かりを頼りにテントを立て直して、4人してゲームをしました。




どれくらいそうしていたか分かりません。


「ねえ、もうそろそろ帰ろうよ。」


とCが言い出しました。




4人で顔を見合わせましたが、たしかにもう夜遅く、おそらく10時は回っていました。


加えて虫刺されも酷く、家の清潔さが恋しくなってきたころでした。




よし、帰ろう。


4人で合点した後、またAの懐中電灯を頼りに帰り道に進もうとしました。






その時です。




変なにおいがしたんです。


生ごみのような、何か腐ったような臭いでした。




先頭に進もうとしていたAと


「なんだこの臭い。」


「くっさー。」


と話しました。




そして、




「はっ、はっ、はっ。」


と後ろにいたCが短く荒い呼吸をし出したんです。




Aがライトを向けると、青ざめたCの顔が照らされました。




Bが


「おいC、大丈夫かよ。」


と聞いても、Cは荒い呼吸を繰り返すだけです。




Cの体全体をライトが照らした時、僕たちは絶句しました。








Cの左肩に、誰かの手があったんです。


泥に汚れた大きな手でした。




そのまま、Cの後ろを照らすと、いたんです。


Cのすぐ後ろに。




薄汚く瘦せこけた顔で、髪の毛はありませんでした。


そして、目には眼球がなく、瞼がくぼんで赤くなっていました。


細長い体は2メートルはあったと思います。


ほとんど裸のそいつは、よだれを垂らして、僕たちを見下ろすようにしていました。






「うわあああああああ!!!」




僕たちは一斉に逃げ出しました。




生い茂った草木で体中を擦りむきましたが、関係ありません。


後ろからは奇妙なうめき声が響いてきましたが、振り向かずにもと来た道を走りました。








裏山を抜け、住宅街に無事に出ることができました。




しかし、Cの姿がありませんでした。




あいつに捕まってしまったんだ。


そう思いました。




Aは息を切らせて、


「どうする、Cのやつ。助けに戻るか?」


と言いましたが、とても僕たちにそんな気力や勇気はありませんでした。




祭りが行われていた公園へ戻ると、大人たちが屋台の片づけをしていたので、


僕たちはありのままを話し、助けを求めました。




それからは大騒ぎです。




Cが山の中で変質者に誘拐されたと広まり、警察も含め十人くらいの大人でCの捜索が始まりました。




その後聞いた話によると、Cは秘密基地だった場所で仰向け倒れていたらしいです。


幸いなことにすぐに意識を取り戻したようです。


ただ、Cには眉間の辺りに軽い打撲の跡があり、鼻血を出していたということ、そして、辺りを調べても誰もいなかったということも聞きました。






もちろん僕たちはその後、それぞれの親から裏山へ入ったことを小一時間怒られました。




それ以来、僕たちはあの裏山へ行くことはありませんでした。


そして、Cと遊ぶことも話すことも無くなりました。




Cは学校でも、ずっとボーっとしているようになり、声をかけても返事をくれることはありませんでした。




そして次の年度が始まる直前、Cは引っ越して、転校してしまったと学校の先生から聞きました。




僕とAとBは、Cのことを話すことはありませんでした。


おそらく、Cを助けられなかったこと、無理に夜の裏山へ誘ったことへの負い目があったんだと思います。














あれから15年、月日が過ぎました。


実はAから久しぶりに電話で連絡があったんです。




他愛のない話をした後、Aは急に神妙な声色になってこう言いました。




「Cが死んだらしいぞ。」




頭部を殴打されたことによる即死らしいです。


電話をしながら夜道を歩いていたところを突然襲われたようで、まだ犯人は捕まっていないということです。






Aとの通話を切った後、僕はあの裏山であった出来事のことで頭がいっぱいになりました。


そして、こうして文字に起こしているんです。






僕、思ったんです。


Cがあの出来事以来黙ってしまったのは、あれから逃れるためだったんじゃないかって。




あの骸骨のような顔をした人間、いや、生き物は、目が潰れていました。




Cはあれが音を頼りに、殺し損ねた自分を探そうしていると思ったんじゃないでしょうか。


だから、声を出さずに、気づかれないように生きていこうとしたんじゃないでしょうか。




しかし、夜道で電話をしてしまった。


それがあいつに聞こえてしまい、不幸なことになってしまったんじゃないでしょうか。








これは、ただの偶然だと願いたいです。






だって、僕もAもBもあいつに声を聞かれてますから。




次は僕のところに、あいつがくるかもしれませんから。






ときどき想像するんです。


夜の山の中で、あいつが不気味なうめき声を立てて僕らを探しているのを。

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