第9話『ツッチー、大地に立ってから三年後。難破船(4)』

「あの日記の……船長、かな」

「そうみたい」


一応、そばにしゃがみこみ、手をあわせて、なむなむとお唱えしておく。


「勝手ながら服とか色々と拝借しました。助かりました」

「死体にお礼を言っても仕方ないでしょ?」


日本人の死生観はこの世界では滑稽かもしれないが、オレ自身の気持ちの問題である。


ただ、この船長さんらしき人が信心深い人だったら、異教徒の供養なんて余計な世話かもしれないが。


「さて……この白骨の頭蓋骨の穴。弾痕だよな。で……手の骨にからまっているそれが銃って事は」

「苦しみに耐えられなくなって、という事かしらね」

「自決か。左腕……の骨がヒジから上がないのは元々か? それとも事故か何かかな?」


過酷という言葉では生ぬるい。


最後の弾丸の使い道がこれというのも、まさに地獄のような船上だったゆえの決意かもしれない。


日記にあった部下の死体らしきものはないが、あれだけ案じていた部下を残して先に逝くというのは考えにくい。


事故や病気、もしくは飢えで先に亡くなったのだろうか。


それとも……船長がさらなる禁忌をおかしてしまったか。


どちらにしろその部下が無事でいられたとは思えない。


「その銃は持っていかないの?」

「弾がないらしいしなぁ」


そもそも海賊映画でしか見た事のない、先込め銃なんてどう扱うのかもわからんし。


火薬があって弾があっても、隔日に暴発かケガをする自信がある。


「でも、アレってさ、黄金じゃない?」

「……あー、確かにきんきらだけど」

「黄金って高いんでしょ?」

「そうかもしれないけどさぁ」


だからなんだというのか。


船内には他にも高価そうな貴金属はいくつもあったが、この島での黄金の価値はそこらで生えてる草花以下だ。


だって食べられないのだから。


「いいよ。そっとしとこう。船から色々と持っていってるオレがいうのも今更だけど、死者の冒涜はよくない」

「ま、ツッチーがそういうなら?」


なんにしろこれでゾンビだのグールだのに恐れる必要もなくなった。


その後、軽くなった気持ちで残った場所を探索していると、なかなか面白いものが見つかった。


貨物室らしい部屋におさめられていた多くの木箱は空だったが、いくつかは中身が残っていた。


その中の一つ、頑丈でしっかりと鍵のかかった小箱だ。


「鍵がないと開かないか……」


しかし鍵がそう簡単に見つかるとも思えない。


いかにもお宝箱然としたビジュアルの木箱で中身が気になったオレは、さっき船長さんの遺体に言った言葉の舌の根も乾いていないのに、宝箱を床に投げつけて叩き壊した。


すると実に奇妙なものが出てきた。


その音に驚いて、別の部屋を探索していた妖精が飛んでくる。


「ツッチー!? 大丈夫? すごい音したわよ? どうしたの? なにかあった?」

「おー。これこれ。見て見て。面白いもの見つけた」


オレが床からそれをつまみあげる。


「……なにそれ、気持ち悪い」


オレがつまんでいるそれは、ひからびた人形だった。


ムンクが描いた有名なあの絵の顔のような人形で、髪にあたる部分には枯れた蒼い花がいくつもくっついていた。


気持ち悪いと言いつつも、マジマジとそれを観察する妖精だったが、ふと、気づいたように。


「あれ? ねぇ、ツッチー。それってさ、マンドラゴラじゃない?」

「……おお、これが!?」


マンドラゴラ。


いわゆるファンタジー世界あるあるのレアな植物扱いのアレか!


妖精というファンタジー要素な存在と暮らしていたが、こういういかにもな要素が新たに出てくるとちょっと嬉しくなってくる。


「けど、よく残ってたな。みんな飢えてるのに、食べなかったのか」

「そうね。高価だから?」

「いや、生きるか死ぬかの状況で、そんなこと気にするかね?」

「アタシに言われてもわかんないわよ。それより、それ。どうするの?」


どうすると言われてもどうするか。


使い道もわからないし、どう使うかもわからないし、そもそもこんな状態で使えるのだろうか。


しかし見た目は植物。それなら。


「……植えたら増えないかな?」

「ええ? あ、いや、でもこの島ってツッチーのおかげで魔力がたくさん含まれてるし、もしかしたら……」

「よし、じゃあ試しに植えてみようか。どうせこのままじゃ生ごみだしな」


もし増えたりしたら、引き抜くとき本当に声を出すのか試してみたい。


なんせ娯楽のない生活なのだ。ちょっとした事でも楽しみになる。


また、他にも嬉しかったことがあった。


ずっとフルーツでスイーツな食生活だったオレだが、船には当然のように釣り道具などもあった。

魚をさばくためのナイフなどもあった。


刺身……は、ちょっと寄生虫とか怖いのでやめておくが、焼き魚なども食べられるようになるかもしれない。


ふと疑問に思う。


「釣り道具があるのに船員が飢えていたってのはなんでだろう?」

「さあ?」


そのあたりは日記にもなかったが、オレ達が考えたところで過ぎた時間が戻るでもない。


そんなわけでオレは船首側からは、マンドラゴラのドライフラワー? らしきものと、様々な生活用品を入手できたのであった。

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