第十七章

「気分はどうですか?」


 湊が言った。


「戻ってきたのか?」

「ええ。そうです」


 澪が目を覚ますとすでに慣れた天井だった。腕には点滴がつながっている。


 澪は意外としぶといことを知る。

 

 呆れた表情の湊が立っていた。あかりの家で発作をおこしたことを澪は思いだす。


 湊はあかりの家庭が修復に入っていることを涼たちから聞いていた。湊はそれを、澪に簡潔に伝える。


「そうか」


 澪がポツリと呟く。


「澪様。私は主治医として白蘭会の引退――もしくは、解散を提案します」

「引退か」


 ずっと、立ちどまることなく走り続けてきた。


 引退や解散を考えたことなどなかった。


 組の皆たちがどのようにしたら、過ごしやすくなるのか――。


 守ることができるのか。


 そんなことばかりを考えていた。


「ねぇ、澪様。あなたは充分がんばりました。ご両親のことで自分を責めないでください。自分を許してあげてください。愛してあげてください」

 

 湊は澪の癖がない髪を指ですく。


 幼子にするように。


 兄が弟に。


 姉が妹にするように。


 何度も、何度も。


 今は湊の優しさが身にしみる。無理をするなといった、湊の気持ちが伝わってくる。


 澪はただ静かに涙を流す。


 まだ、泣けたのかと。


 涙なんてかれたと思っていた。


 泣き方なんて忘れたと思っていた。


「泣いたことは……誰にも言わないでくれ。士気に関わる」

「ええ。誰にも言いません。何かあったら、呼び出しボタンで呼んでください。私はこれで」


 湊は一礼をして病室をでた。


*************************


「涼、文、あかり」


 澪に名前を呼ばれただけであかりの体温があがる。


 澪にそれなりに、認められたのだろう。受け入れてもらえたのだろう。澪との心の距離が近くなった気がした。手を伸ばせるとことまで、きているのだとあかりは実感する。


 澪は見舞いにきていた三人を見渡す。三人は普段とかわることなく、背筋を伸ばして立っていた。


「澪様、どうしました?」

「白蘭会を解散か引退しようと思う」

「いいと思います」


 涼と文の声が重なる。


「あかりはどう思う?」

「新入りの私の意見など恐れ多いです」


 あかりは全力で首をふる。


「真っ白な者の意見も聞いてみたい」

「あかり。これは、あかりの負けだわ」

「私はこれ以上、澪様に傷ついてほしくありません。戦ってほしくありません」

「本当に面白いほど素直だな。だがな、その素直さは時に危険を招くことがある。それを、忘れるな」

「決定ですね。準備をして参ります」


 文、涼は一礼をして部屋をでていく。


 疲れたのか澪は目を閉じる。


 あかりは眠りについた澪を見守った。

       

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