第十六章2
あかりが学校から帰ると見慣れた靴があった。
(澪様……! 無理をして……!)
まさか、実家にまで来るとは思ってもいなかった。機能していない家族の姿を、澪に見られたくなかった。知られたくなかった。退院したばかりの澪に、心配をかけたくなかった。
「み――本橋さん!」
澪の視線にあかりは言い直す。
「いい人じゃないか。福祉事業などをやっているらしいな」
穏健派とはいえそれは、やくざがやっていますとは、口がさけても言えない。里と理には、秘密のままにしておいた方がいい。刺激が強すぎるだろう。あかりはこの秘密を墓場までもっていくと決めている。そう心に誓っている。
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「お嬢様が帰ってきましたし私はそろそろ――」
心臓が脈をうった。澪はその場にうずくまる。
荒い呼吸を繰り返す。
(最近は落ち着いていたのに……!)
ここまで、大きな発作は久しぶりだった。
身体に薬が馴染むまで時間がかかります。
無理はしないでくださいね。
あかりは救急車を呼ぼうとしている里をとめた。注射はいつも、文と涼がしている。本来なら主治医である湊の仕事なのだが、さすがに呼びだすことはできない。
湊にも家庭がある。
あかりもある程度、湊から指導を受けていた。
(私がやるしかない……!)
キットから薬が入った注射器を取りだし、血管を探して注入をする。
薬で落ち着くまで時間がかかるだろう。あかりはクッションを枕にして自分の膝に澪の頭を優しくおろす。冷えきった身体に、クッションと一緒に持ってきた布団をかける。
額に浮かぶ大粒の汗をタオルで拭いた。
澪の呼吸は苦しそうでこればかりはあかりは、どうすることもできなかった。ただ、薬が早く効いてくれと祈るしかなかった。何もできない無力な自分に泣きそうになる。下っ端でもあかりは白蘭会の一員である。自分が澪にできることをやるしかない。
あかり一呼吸おくと、文に電話する。
「文。本橋さんが倒れた」
『兄さんも私もとめたのよ? けれど、言うこときかなくて』
「私の家族がうまくいっていないことまで、知っていたの?」
『うん。巻きこんだうえに、預かるのだからと言ってあなたに関する資料を読んでいたのよ』
「どこまで、先が読める人なの」
雇い主である澪が動くことで、少しでも家庭内であかりが動きやすくなるようにと思ったのだろう。あかりを預かっている側として――家族関係がどうなっているのかを、確かめるつもりでいたのかもしれない。
澪の行動力にあかりは脱帽してしまう。
『それが、澪様よ。迎えの車をだしたわ』
「ありがとう」
「本橋さんは身体が弱いの?」
里はあかりに尋ねた。
「うん。持病があってね。治療は受けているから大丈夫」
「あかり」
「何?」
父――理の呼ぶ声にあかりはぶっきらぼうに答える。
「たまには帰っておいで」
「あなた!」
「なぁ、里。あの子があんなに信頼している表情を見たことがあるか?」
「それは」
理の問いかけに里はいいよどむ。ここまで、活動的なあかりを里と理は初めて見た。仲間を大切にするというあかりの成長がみてとれた。
恐らく、あかりをいい方向へと導いてくれたのが、目の前にいる澪だろう。
澪には感謝しかなかった。
「あかりの幸せを私たちにとめる権利はないよ」
「父さん、ありがとう!」
「本橋さんにお大事にと伝えておいてくれ」
里はもう何も言えない。
玄関前に一台の車がとまる。
住宅街で目立つことを嫌ったのか、軽自動車だった。
涼が澪を支えて車に乗せる。
「いってらっしゃい」
理はあかりの背中を軽く押した。
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