第十五章

「……り、……かり、……あかり?」 


 澪のことが気になりぼんやりとしていたあかりは、ようやく友達に 呼ばれていたことに気がついた。


「あかり、最近綺麗になったよね。好きな人でもできた?」


 あかりは咄嗟に澪の顔が浮かんだが、ないないと首をふる。


「これは、重傷ね」

「うん。重傷だわ」


 友達は顔を見合わせて笑う。


「ストレートに好きですと伝えればいいのに」

「無理、無理。だって、相手は十歳上だよ? 私が思うのは好きではなく、親愛に近いということ」

 

 確実に「恋」ではなく親愛に近いものがあった。家族が増えたような気がしていた。


 気がつけば心の拠り所になっていた。


 心地よい場所になっていた。


「それ、恋になるかもしれないパターンじゃない?」


 仲良しのあかりの恋愛話に興味津々らしい。友達の目が期待で輝いている。


「そうそう。先に告白しなよ」

「もう、二人とも人ごとだから、好き勝手言って。それよりも、自分たちはどうなのよ?」


 話してもらうわよ、と今度はあかりが二人に迫る。この二人にはすでに、他校の彼氏がいる。携帯でよく写真を見せてもらっていた。


 のろけ話も沢山聞かされている。


 制服のポッケに入れていたあかりの携帯が震える。学校にいると知っているのに、連絡をよこすということは緊急事態なのだろう。


(まさか、澪様に何かあった?)


 ドクンと心臓が音を立てる。嫌な報告だけは受けたくなかった。


(とうか、いい報告でありますように)


 震える手でLINEを既読にする。何事かと緊張している自分がいる。


『澪様が目を覚ました』


 文の短い文章にあかりは席を立った。あとで、課題なりなんなりやればいい。それに、勉強は自分でもできる。授業に追いつける自信がある。あかりは慌てて荷物をまとめる。


 澪が生きていることを早くこの目で確認をしたかった。


 顔を見たかった。


 安心したかった。


「あかり?」

「ごめん。用ができた。先生には適当に言っておいて」

「ちょ………あかり!」


 嵐のように去って行くあかりを、友人たちは呆然と見送った。


******************


「澪様!」

 

 あかりが到着すると澪は身体を起こして書類を読んでいた。


「学校を早退するとはいい度胸だな」


 澪の憎たらしいほど淡々とした話し方は、変わっていなかった。涼と文は気をきかして二人にしてくれる。


「あかり」


 澪があかりと呼びだしたのは、要に捕まり助けてもらった時からだった。


「はい」


 生きていることを確認するように――。


 澪はあかりの唇をなぞった。


 あかりは思わず目を閉じる。


 目を開ければピアスが取られていた。


「須田あかり。君を解放する」

「私はもっと澪様と話してみたいの。あなたのことを知りたいの。少しでも、力になりたいの」


 微力でもいいから隣にいたかった。


 寄り添いたかった。


「やくざは嫌いじゃなかったのか?」

「ええ。嫌いよ。でも、あなたたちは違う」

「なら、ここにいる理由はないだろう?」

「澪様。私にはあなたが、泣いているように見える」


 助けてと心が叫んでいるように見える。


 つらいと言っているような気がする。


 その叫びを見逃すわけにはいかなかった。


 聞き逃すわけにはいかなかった。


「お前に私の何がわかる?」

「お兄様のわざは私も一緒に背負うわ」


 だから、苦しまないで。


 悩まないで。


 伸ばした手をとってほしい。


 同じ道を歩いてほしい。


「一度、中に入ったら、抜けられなくなるぞ。狙われることもある。覚悟はあるか?」


(私は負けない)


「覚悟はあるわ」

「ならば、正式に受け入れよう。白蘭会にようこそ――須田あかりさん」


澪が手を差しだす。


あかりのその手を握り返す。


澪はあかりの耳に再びピアスを通した。

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