第十四章
「要兄様」
「澪か?」
要は正が使っていた椅子に座っていた。その横には那智があかりに剣を突きつけて立っていた。
「それは、先代が作った剣か?」
「先代も要兄様と戦うことを望んではいない」
澪は要の剣を受けとめた。剣の交わる音だけが響く。
澪は要の剣をふりはらった。
その間に一瞬――隙ができてしまう。
背後からは那智の剣が迫ってきていた。
(しまった……!)
「涼」
那智の剣を涼の剣が受けとめた。
「私たちは交わした宣誓を、破るつもりはありません」
せっかく、解放されたというのに。
しがらみがなくなったというのに。
なぜ、ここにいる?
自分のために戦っている?
守るように立っている?
「お前たち兄妹はバカだな」
「何とでも言ってください」
涼は使えないと呟き剣を捨てると、那智の懐に入った。
今度は容赦がない蹴りを入れる。そうでもしないと、戦いに集中し歯止めがきかなくなっている那智を、止めることはできない。静止することはできない。意識を失った那智の身体を、畳におろす。
「澪様!」
あかりは咄嗟に澪の名前を呼んだ。あかりの声に涼は振り返る。澪の剣の軌道が要の心臓を狙っていた。
「澪様! いけません!」
涼が焦った声をあげる。澪の手を血に染めるわけにはいかない。涼は咄嗟に放り投げた剣を手に取る。自らの命と引き替えになってもいい。澪を止める覚悟でいた。
澪は要の横の畳に剣を突き刺した。
「殺さないのか?」
「殺すつもりは――」
突如、崩れ落ちた澪の身体を涼が支えた。澪が身体を震わせ血を吐き出す。肩で息をしている姿が痛々しい。
「このままだと、こいつ死ぬぞ」
那智がいいかけた言葉はこれかと涼は理解した。
澪にどの道に進みたいかと聞かれた時の不安を――直感を信じればよかった。澪や舜に伝えられていなかったよりも、自らの落ち度に涼は怒っていた。
「何が理由で?」
「はっ……何? お前知らされていないの? 本橋家に引き継がれる遺伝子の異常だよ。澪ほどひどくなかったが、俺もそうだったからな。両親は運良くその異常を引き継がなかった」
要は澪と同じく病気のことを徹底的に隠していた。病気だと周囲に知られてしまえば弱みにつけ込まれて、今まで葬ってきた者たちに復讐の機会を与えてしまうことになる。
せっかく、ここまで登りつめてきたものが水の泡となってしまう。
「そうだった? 過去形ですか?」
「俺は自分にあう薬を調合してもらったからさ」
要は乱暴に剣を投げ捨てる。すでに、刑期が終わったあとの蒼蘭会の立て直しを考えており、意識を失った澪への興味をなくしたか――。おもしろくなくなり、戦うことをやめたか。どちらかだろう。
要は澪を見ようともしない。
心配をしようともしない。
要は一枚の名刺を涼に投げた。
遺伝子学研究所所長――原田湊。
、
「お前も端くれだ。名前ぐらい聞いたことあるだろう?」
「噂ではあります」
湊は父親の原田隆が、今まで何をしてきたのか――。裏では息子の原田都を利用し――遺伝子操作の実験をしていたことを、マスコミを使い暴露している。話題になったあの会見のあと、湊は女優の山口鈴と結婚をした。二人の間には双子の姉妹が誕生していた。現在は湊も鈴も芸能界の仕事をセーブして、今は子育てをしているという話だった。
たまに、こうして人助けをしているらしい。
きっと、自分と同じ思いをさせたくないからだろう。
湊の優しさが滲み出ていた。
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「助かるのなら、治療を受けるべきだわ」
「須田さん」
様子を見ていたあかりが、会話に入ってくる。
「何回も何回も薬を投与されていつ目覚めるかわからない眠りから待つことになる。お前らにその覚悟はあるか?」
「待ちます」
「私も待ちます」
「やくざ嫌いの須田さんが待つ決断をするとは、意外だな」
「私は本橋さん――澪様ともっと話してみたいの。本音を知りたい」
紛れもないあかりの本心だった。
「好きにすればいい。今後、会うことはないだろう」
要は那智を連れて部屋をでていく。
涼は要に頭をさげた。
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