第九章

「まずは白蘭会について説明します」

「私には関係ありません。巻きこまないでください」


あかりは思わずため息をつく。


「抗争を見た時点ですでに、巻きこまれています。それとも、自分で自分の身を守れると?」


 確かに、文の言葉は的確である。澪たちに守られているとはいえ、今のあかりには戦う力はない。文の言葉にあかりは車に乗り込む。


 悔しいが従うしかなかった。


「話してください」

「白蘭会は緊急事態をのぞき、武器を持たず話し合いで解決することを主旨としている団体です」

「穏健派ということですか?」

「はい。澪様が武器を持たずに戦う姿をあなたも見たでしょう?」


 確かにあの時、澪は武器を持っていなかった。身のこなし方としては空手だろう。テレビで空手の大会を少しだが、見たことがある。


 しかも、澪はそれなりの段の有権者だろう。訓練を受けていなければ、あそこまで戦えない。


「空手ですか?」

「よくおわかりで。私も私の兄も皆、武術を心得ています」

「でも、本橋さんも二十五、六といったところですよね? まだ、両親が生存していてもおかしくはないはずです」


 あのような若い歳でやくざとはいえ家業を継ぐ方が珍しい。いくら穏健派といえども、中で争いがおこっていてもおかしくはない。


「――それは」


 文の表情が一瞬――くもった。すぐに、無表情に戻る。


「――野田さん?」


 もしかして、聞いてはいけない質問だったのだろうか?


 知られたくないことだったのだろうか?


「澪様のご両親はすでに他界されております。澪様はご両親の思いを引き継いでいらっしゃいます」


「申し訳ありませんが、隠し事をするぐらいなら信じるにあたいしません」


 そのような人物が自分を守れると言いきれるのだろうか?


 あかりは警護される身としては不安だと言いきる。


***************


「どうするかは、あなた次第です」

「野田さんも本橋さんと同い年ぐらいですよね? なぜ、この世界に?」


 見た目は普通の会社員にしか見えない。


 普通の日々を捨ててまで、過酷な場所に足を踏み入れたのだろうか?


「私たち兄妹は施設から脱走した時に澪様に助けてもらったのです」

「施設にいた方が幸せだったのでは?」

「施設にいてもおもしろくなかったです。私は兄とともに偶然澪様に出会いつくすことを決めました」


 だから、私はここいるのです。


 澪様を守ること。


 それが、私たちの生きがいなのです。


 車が澪のマンションに到着する。あかりは用意された部屋に入るとベッドに身体を投げだした。


**************


 数ヶ月後――。


「あれ? 本橋さん?」


 あかりは学校帰りの車の中で、澪と涼を見つけた。


 子供たちと一緒に遊んでいる。


 懐いているのか、子供たちも二人の傍にいる。涼と澪に笑顔が見えた。公務の時とは違い楽しそうだった。普段、見ることができない涼と澪の姿だった。


(あの二人、あんな表情もできるのね)


 あかりにとって新鮮に見えた。初めて見る涼と澪の笑顔だった。


「ここは白蘭会が経営している孤児院だわ」

「文が言っているのは、仕事が一つだけでなはいと?」


 文とは敬語はなしで、名前で呼べるまでの仲になっていた。涼との区別をつけるという意味合いもあるのだろう。あかりも涼より文の方が話しやすかった。


「施設の見回りに、書類整理、会合など仕事は沢山あるのよ」

「本橋さん、笑っている」

「あれが、澪様の本当の笑顔だと思う?」


 今の笑顔が偽りだとでも言うのだろうか?


 作っているものだと言うのだろうか?


 付き合いが浅いあかりにはわからない。


 判断ができない。


 二人が笑っているというのに、文の表情はいつも以上に影をおとしていた。


「どういう意味?」

「私から話していいのかわからないけれど、澪様はお兄様に両親を殺されているの」

「お兄さんに?」

「それから、澪様は私たちの前でも笑わなくなったわ」


 澪から正と優理を奪った要を許すことができない。


 澪から笑顔を奪った要が憎い。


 澪から感情を奪った要が憎い。


 できれば、この手で殺してやりたい。


 報復してやりたい。


 だが、澪がそれを許さないだろう。


 誰よりも、部下の手が血に染まることを澪が嫌っているから。


 恐れているから。


「血のつながっている兄弟なのに? それこそ、話し合いで解決すればいいじゃない」

「要様に甘さは通用しないわ」


 両親の意思を大切にしたい澪と。


 新しいやり方で切り開いていきたい要と。


 思いがすれ違ってしまっていた。


 二人の道が交わることはなくなってしまった。


 残されたのは、戦いのみ。


 刃を交えるのみ。


「やっぱり、私はこの世界嫌いだわ」


 あかりはため息をつく。


 どうにも、好きにはなれない。


「ええ。嫌いなままでいいわ。澪様もあなたには、染まらないでほしいと思っているはずよ」

「でもね。あなたたちのような人もいるのだと思えるようになったのは事実よ」

「ありがとう。その言葉、何だか告白みたいね。澪様に伝えたらどうかしら?」

「――文」


 文の言葉にあかりは慌てる。


 文はあかりをからかっていた。文があかりに心を許している証拠でもある。


 あかりも文がいい相談相手になっていた。


「あかりが素直になればいいじゃない」

「文。それ以上何も言わないで」

「残念」


 あかりは流れていく風景を眺めた。

        














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