処刑の魔女は笑う

聖願心理

魔女は出会う。


 広場でとある女性が処刑されようとしている。魔女だ。


 この国で起っている悲劇は全て魔女のせいにされている。

 もう何万と死者を出している疫病は魔女のせい。不作で人々が飢えているのも魔女のせい。王家や貴族に不幸がふりかかり、国政が安定しないのも魔女のせい。外交が上手くいなかいのも魔女のせい。

 職を失ったのも魔女のせい。妻が浮気したのも魔女のせい。最近雨が多いのも魔女のせい。皿が割れたのも魔女のせい。転んで怪我をしたのも魔女のせい。

 全部全部、厄災を振りまく魔女のせい。


 人々は不満をぶつけるために魔女を処刑する。少し、他とは異なるものを持つ女性を。


 今回処刑されるのは、少々怪しげな占いをしていた女性だ。美しくて評判だったその魔女は長い牢獄生活のせいで、別人のように成り果てていた。

 罵倒が響く。そして、ギロチンの刃が落ちる。

 そのとき魔女は。



 ――――笑っていた。



 魔女の首と体が分かれた。



 *



 久しぶりにドアをノックする音が聞こえたものだから、柄にもなく驚いて、手に持っていたカップを落としてしまった。結構気に入っていたカップだったから、残念だ。


「あーあ。これも魔女のせいかねぇ……」


 なんて冗談を言いながら、ドアの扉を開ける。


「どちら様ですか?」


 ドアの向こうにいたのは、騎士の装いをした男性だった。ただ、普通の騎士ではなく、胸元に十字架の飾りがついていてマントは教会のものだった。


「貴様がツェツィーリエ・シュネルドルファーか?」

「そうだけど」


 つまりは、魔女を取り締まる教会の犬……もといい、神の力を授かる誇り高き聖騎士だった。


「貴様、魔女だな?」

「そうだけど」


 あっさりと肯定するものだから、聖騎士は呆気にとられていた。その顔はなかなかの傑作だった。


「あははっ。冗談だよ? あっさり魔女と認める魔女がいるわけないじゃない」

「……過去にそのような例があったので、一概にそうだとは言えない」

「物好きな魔女もいるもんだねぇ」


 くすくすと笑う私とは反対に、聖騎士は眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をしていた。


「お前、真面目なんだね。まあ、詳しく話を聞かせてよ? 中へどうぞ」

「貴様に詳しく話をする義務はない」


 高級そうな剣に手をかけ、脅しをかけてくる。彼は元々表情なんかないに等しかったのに、さらに殺気を出してくるから、並大抵の人じゃあ、刃向かうことはできないだろう。

 ただ、私は普通じゃないので、彼の殺気はなんともないのだけど。


「もし私が魔女だったら、お前のことなんて簡単に殺せると思うなぁ」

「……?!」

「ま、魔女じゃないけど。お互いに平和な解決を目指しましょ?」

「貴様、やはり魔女だろ」

「さ~て、どうだかねぇ?」


 実力行使は諦めたのか、私の招待に応じてくれた。





「お前、お茶でも飲む?」

「魔女のお茶を飲む聖騎士がいるか」

「じゃあ、せめて座ったら?」

「いつ攻撃を仕掛けられるかわからないのだから、警戒態勢を解くのは悪手だ」

「真面目だねぇ。少し肩の力を抜いた方が人生楽しいと思うな」


 自分の分だけ淹れたハーブティーをすする。我ながら美味しいと思うので、飲んでくれると嬉しいのに。


「では、改めまして。私はツェツィーリエ・シュネルドルファーよ。言いにくいだろうから、ツィーで良いわよ。お前、よく私の名前を噛まなかったわね」


 私の名前は長いし発音がしにくい。初対面の人は高確率で私の名前を言えないし、張本人もたまにつっかかえる。


「練習したからな」

「生真面目ねぇ。それで、お前の名前は?」


 聖騎士がひとりぶつぶつと私の名前を練習しているところを想像すると、笑えてくる。かなりシュールな絵面だ。


「俺は聖騎士、ギルバート・ハールトークだ。短い付き合いだから、覚える必要もないだろうけどな」

「悲しいことを言わないでよ、ギルバート。お前の名前は言いやすくて良いわね」


 からかうように言うと、ギルバートは少し不愉快そうな顔をした。


「それで、私が魔女だって?」

「ああ。そういう報告があがっている。疑いを晴らしたかったら抵抗せずついてこい」

「嫌に決まってるでしょ」


 そこでうなずく奴は馬鹿か死にたがりだ。

 魔女と疑われたらその時点で詰んでいる。教会に捕らえられ、無事に帰ってくる人なんてごく稀だ。大抵の場合は大金を払っている者だけ。

 魔女裁判なんて、とっくに狂っているのだ。


「私は魔女じゃないです~って言ったところで、聞き入れてもらえるわけないし。わざわざそんな危険なところに行くわけないでしょ」

「貴様の場合はすでに怪しいがな」

「酷いわねぇ」


 くすくすと笑うと、ギルバートは剣をゆっくりと抜いた。


「短気は良くないわ」

「魔女に負けるほど、俺も落ちぶれていない」

「そういうの、嫌いじゃない。けど、私、まだやられる気はないの」

「何をっ!」


 ギルバートはためらうことなく、斬りかかってくる。


「お前、本当に強いのね。もう少し反応が遅かったら、危なかったわ」


 ただ、剣先は私の喉元直前でぴたりと止まっている。止まっているのは剣先だけではなく、ギルバート自体だけど。


「貴様、やっぱり魔女じゃないか」

「あらあら、バレちゃった」

「最初からまともに隠す気はなかっただろうが」


 口だけは動かせるようにしてあるので、相変わらず強気な言葉が聞ける。


「ねえ、聖騎士、ギルバート・ハールトーク。私と取り引きをしない?」

「取り引き、だと?」

「退屈しのぎに私の話相手になってよ。対価として、魔女のこと教えてあげるわよ」

「断る」

「即答しないで。もっとよく考えて。そうね、一晩考えて、また明日いらっしゃい」


 拒絶するギルバートの顔の前でぱちんと指を鳴らすと、彼は一瞬にして姿を消した。そして、あまり間を置くことなく、どんどんと激しくドアを叩く音がする。


「ここを開けろ、魔女っ!」

「ごめんなさい。今日はもう、お前はこの家に入れないわ。大人しく帰りなさい?」


 せっかくそう教えてあげたのに、ギルバートはなかなか帰ることなく、しばらく激しいノックが家中に響いていた。



 *



「あはは。まさか、一晩中家の前にいるとは思わなかったわ。お前って本当、馬鹿真面目ね」


 昨日、しばらくするとノックはやんだから、てっきり帰ったのかと思った。しかし、今朝ドアを開けると、ギルバートがドアにもたれかかって寝ていたのだ。

 馬鹿がつくほど真面目なギルバートのことだ。近所迷惑を考えて、ノックするのはやめたのだろう。


「俺の仕事はお前を連行することだからな」

「迷惑だから、今日は帰ってほしいわ」


 私の家は弱めの認識阻害の魔法がかかっているから、ギルバートの姿が見られてはいないだろうけど、見られたら色々と面倒なことになる。

 私に関する変な噂は流れるだろうし、ギルバートの名誉にも傷がつくだろう。

 ギルバートはそんなこと頭にないらしい。態度には出ていないが、不機嫌そうに私の目の前に座っている。


「まあ、座ってくれたから、許してあげるけど」

「昨日みたいに追い出されたら面倒だからな」


 理由はなんであれ座ってくれたのだから、私とギルバートの仲は少しずつ縮まっているはずだ。


「じゃあ、そんなお前に魔女について教えてあげる」


 にこりと微笑むと、ギルバートは無表情を装いながらも、わずかに体が前のめりになっている。可愛いところもあるものだ。

 咳払いの代わりにお茶を一口飲む。そして、ギルバートの金の瞳をのぞき込む。



「魔女はね、寂しがりやなのよ」



 は、と言いたげな顔をしていた。実際には言いたかったのだろうが、あまりにも突拍子なことだったので、音にならなかったのだろう。


「あら、何その反応?」

「……ふざけてるのか?」

「ふざけてない。至って本気よ」

「魔女が寂しがりやってことが?」

「ええ。これはどの魔女にも共通することよ」


 馬鹿みたいだと、人は思うかもしれない。信じられない、魔女の冗談だ、と思うかもしれない。でも、これは紛れもない事実なのだ。


「もっと詳しく教えてあげてもいいんだけど、今日はこれだけ」

「と言って逃げるつもりか?」

「随分と挑発的なのね。嫌いじゃないわ。だけど、これはまだダメ」


 そう言って、私は指を突き出す。


「お前の家はわからないから、教会に送ってあげる」

「待てっ! まだ話は……」

 ギルバートが何かを言う前に、ぱちんと指を鳴らした。



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