第25話 西の森までひとっ飛び

「おはようございまーーす!! リック様! 朝ごはんできてますよ!!」

「ん……おはよう、リゼ」


 妙に肌艶の良いリゼが、いつものように俺を起こす。今日は一段と元気がいいな。


「今日もリック様はお寝坊さんですね、今日は自信作なので早く食べましょう!」

「わかったわかった、リゼのスープはいつだっておいしいからな、楽しみだ」


 その姿を微笑ましく思いながら、俺は彼女から器を受け取る。香辛料の効いた薄く濁ったスープは、朝の活力を俺に与えてくれる。


「ところで、私は見てなかったんですけど、アレロダイコンは手に入りました?」

「ああ、大丈夫……しっかり持ってるよ」


 俺は素材袋に入っているアレロダイコンを取り出す。


 くすんだ緑色でデコボコした見た目は、とても薬の素材には見えない。しかしヤガーがそう言うんだから信じるしかないだろう。


「すごい形ですね……ちなみに食べるとどんな味が――」

『食べないほうが、いい』


 リゼの懐からスライムが飛び出し、ヤガーの声を伝える。


『強い解毒作用のせいで……鼻の粘膜が溶けるような痛みが襲う、鼻と目から、汁を垂れ流して悶えたくないなら……食べないで』

「ひえっ……や、やめときます。ぽよちゃん」


 興味ありげな表情だったリゼは、ヤガーの解説を聞いて顔色を変えた。確かに、そんな強力な成分ならあの厄介な毒を何とか出来るかもしれない。


「ヤガー、俺たちがここから歩いて帰るとして、調合は間に合うか」

『ギリギリ……正直、あの子がどれだけ耐えられるかにかかってる』

「……わかった。じゃあここから西の森までの方向と距離を教えてくれ」


 俺はヤガーにいくつか質問し、西の森までの正確な距離と方角を教えてもらった。


『こんなこと、どうするつもり?』

「まあ見とけって、ありがとうな!」

『……別に、良い』


 ヤガーは少し照れ臭そうに通信を切り、スライムはリゼの懐へ戻っていく。


「じゃあリゼ、そろそろ帰ろうか……リゼ?」


 スープをさっと飲み干し、立ち上がって伸びをする。


「むう……」


 しかしリゼは俺を睨んでふてくされている。


「どうした?」

「何でもないでーす」


 なんだっけ……この感覚凄く懐かしい。そうだ、シエラとセリカが丁度こうだったな……片方をかまうともう片方がふてくされる。


「あんま怒るなよ、リゼ」

「怒ってなんか――」


 わしゃっとリゼの頭を撫でて、笑いかける。


「昨日聞いたけど、やっぱりお前も嫉妬とかするんだなー、かわいい奴め」

「ぅ……別に嫉妬してるとかそういうのじゃ……」


 顔を真っ赤にして煙を吹いたリゼを、微笑ましく思いつつ、俺は連鎖魔法を考え始めた。



――



「よし、じゃあリゼ、絶対に俺から離れるなよ?」

「わ、わかりました! 絶対離しません!」


 野営で使ったロープで身体をつないだ上で俺はリゼにそう指示をする。離れた場合、無事では済まないので入念にロープの強度を確認する。


「でも本当にやるんですか?」

「徒歩じゃ間に合うか怪しいんだ。やるしかないだろ」


 不安げなリゼに、俺は精一杯虚勢を張って答える。


 俺がこれからやろうとしているのは、ヤガーの「ニンゲン大砲」よりも危険で、不安定な方法だ。ついでに言うとその場の思いつきで、実際にできるかどうかも分からない。いわゆるぶっつけ本番という奴だ。


 しかし、これが成功すれば移動範囲はグッと広くなるし、一瞬で西の森まで戻ることが出来る。挑戦する価値はあった。


「行くぞ……」

「は、はいっ!」


 深呼吸し、鼓動を静めて、俺は連鎖魔法を発動させる。


「回復、風切、風切……風切っ!」


 唱えた瞬間、突風が俺たちの身体を天高くへ吹き上げる。上空ではさらに強力な風が、西の森へ向けて吹き荒れ、俺たちはすさまじい速度で帰路を辿っていく。


「リッ――、――! ――っ!!」


 すぐ耳元で叫んでいるというのに、リゼの声が聞こえない。それほどすさまじい風だった。


 しかし、その風のおかげで山も川も飛び越えて、俺たちは西の森へと突入していく。地面までの距離がみるみる近づく。


 よし、あとは着地の瞬間にもう一度……


「回復、風切っ!」


 俺が唱えた次の瞬間、俺たちを吹き飛ばしていた風は向きを変え、着地の衝撃を和らげる。俺が地面に降り立った時には、軽くジャンプして着地した時みたいな反動になっていた。


「せ、成功……か?」


 恐る恐る、リゼを抱いていた手を放してやると、彼女はその場にへたり込んだ。


「いきてる……死ぬかと思いました……」


 周りの景色は見覚えがある。西の森だ。


「よ、よかった……!」


 一瞬遅れて、俺もリゼの側にへたり込む、これこそ本当に二度とやらないからな……

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