第10話 シオン王女
(ま、だったら話は早いよな。お前が結乃との結婚を諦めるなら、俺を今すぐ人間に戻せ。そんでもって俺が結乃と結婚する)
「ユノレアにはメガロスの王子との結婚が待ってるんだよ?」
(結乃はメガロスの王子よりも、必ず俺を選んでくれる。とにかく俺を元に戻せ。話はそれからだ)
「すごい自信だね。だけどあのさ、ユノレアは前世では君の恋人だったかもしれないけれど、今はミール国の王女なんだよ? 君は人間に戻ったらただの地方出の庶民だろ? 僕みたいに魔導師の地位もない。王と王妃が何と言うか」
(王と王妃がどんな結婚の条件を突き付けてきても、俺は結乃と乗り越えて見せる。魔物退治でも、メガロス王子との決闘でも、何でもやってやる)
迷ったり、するもんか。
「ふうん……」
俺の揺るぎない結乃への愛に気圧されたのか、エメルは面白くなさそうに鼻白んだ。いつも多分に余裕を感じさせていた奴の、子供っぽい拗ねたような顔を俺は初めて見た。
(おい、はやく俺を人間に戻せ)
「はいはい、わかったよ」
エメルが面倒くさそうに答える。ふと気になったことを俺は聞いた。
(お前はこれからどうするんだ)
「君を元に戻したらすぐに魔法でこの国を出て、別の国の王女でも狙うよ」
懲りてないな、こいつ。
「だから君とはここでお別れ。まあそれなりに楽しかったよ」
(俺は楽しくない!)
俺が抗議の声を上げたとき、突如、エメルの前に銀色に輝く鎖が現われた。
「なっ!?」
エメルが明らかに動揺した声を上げる。「これは……!」
光の鎖はあっという間にローブの上からエメルの体にぐるぐると巻き付き、奴を縛り上げる。エメルが魔法で出していた明かりが消え、暗い廊下に光の鎖だけがまばゆく輝く。
「くっ」
エメルが即座に何かブツブツと呟き始めた。なにかの呪文のようだ。光の鎖の何本かが切れて床に落ち、消えていく。だが鎖はまだまだ何重にもエメルに巻き付いている。
俺には何が何だかさっぱりわからない。何が起こったんだ?
「くそっ! 馬鹿な……、解除できない! 一体誰が」
エメルが忌々しそうに舌打ちする。そのうちに光の鎖はエメルの体の中に吸い込まれていった。
あとには銀色の細かな粒が漂うだけ。
「さすがは一級魔導師。全部抑えられなかったかあ」
暗い廊下の影から、幼い声がした。
「逃げようったって、そうは行かないよ」
姿を現したのは、真っすぐな長い銀髪の少女だった。その髪は月(この世界での月にあたる衛星のことだが)の光を受けて、きらきらと輝いている。
なんで子供がこんなところに?
年は十二、三くらいだろう。俺とエメルに近づいて、足を止めた。俺は今猫だから夜目が利く。どうやらニヤニヤと笑っているようだ。
エメルは苦虫を噛み潰したような顔で少女を見下ろした。
「もしかして、お嬢ちゃんがこれをやったの?」
自分の体を指さし、不敵に笑う少女に問う。
「おや、エメル魔導師、次期女王のシオン王女に向かってそんな口を聞いていいのかな?」
! なっ。シオンだって!?
「えっ。シオン王女……なのですか。でも、そのお姿は……」
エメルも驚きを隠せない。
シオンは両腕を開くポーズをとった。大人の仕草だった。
「私はとてつもなく強大な魔法力を生まれつき得た代償に、これ以上成長できないんだよ。けれどこの姿では次期女王としての威厳が保たれない。だからいつもは魔法で大人の姿になってるわけ」
そ、そうだったのか……。確かに長い銀髪は同じだ。それになんだか子供の姿なのに、凄い威圧感を感じる。びりびりくるっていうか。王の間では意図して抑えていたのか感じなかったけど、これが二百年に一度の強大な魔法力ってやつか。結乃が言ってた。シオンはだから次期女王に決まっているのだと。
俺はとりあえず納得した。だがエメルは納得いかないようだった。
「シオン王女、僕……私に封印の魔法をかけるとは、どういうことですか。これでは魔法がほとんど使えません」
自分の半分ほどの背丈の王女にしかめ面で訴える。
なんと、あの銀色の光の鎖は封印の魔法だったのか! エメルの魔法力を封印したってことだな。へー。……ってじゃあ、俺元に戻れねーじゃねーか!
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