第八王女と天才魔導師と白猫と~二人と一匹の試練~

ふさふさしっぽ

プロローグ

第1話 貴方と一緒に異世界転生

 私は走ってる。


 私は一生懸命走っていて、とにかく走っていて、サンダルのヒールがぐきっていって、べしゃって、転んじゃうの。

 どうしよう、デートの時間に遅れちゃう。

 そう思って半べそをかいていると、目の前に、王子様みたいにすっと手が差し出される。


 顔を上げると、青野あおの君、貴方がいるの。私がいつまでたっても待ち合わせ場所に来ないから、心配してくれたんだね。


「お前に何かあったら風よりも早く飛んでいくからな」

 青野君の、少女漫画みたいなセリフ。現実の彼氏に言ってもらえるなんて、夢みたい。頭が良くて、窓側の席で読書している姿がクールでミステリアスな青野君。密かに憧れてた青野君と恋人になれたってだけで、私は死んじゃってもいいって思ったんだよ。


 幸せな気分で、でもすっごく緊張しながら青野君と並んで歩いた。

 二人で水族館に行って、イルカのショーを見て、ご飯を食べて。青野君は無口であんまり喋らないけど、私の歩くペースに合わせてくれるし、イルカショーの水しぶきから私を守ってくれるし、ご飯のときも奢るよって言ってくれてとっても優しいの。


 そして……帰り道。夏だけど、さすがにもう辺りは暗くなっていた。途中、町の片隅にひっそりと建っている、灯台に二人で上った。

 かなり古くて、もう町の誰にも見向きもされない灯台だけれど、お母さんが私と同じ高校生だったころには「この灯台の上でキスしたカップルは永遠」っていうジンクスがあった。だから私は青野君に上ろうって、言ったの。

 クールな貴方は「お前が上りたいんなら」って、エスコートしてくれた。


 灯台から見えた月が、とっても綺麗で、泣きそうになった。青野君は「足元気をつけろよ」って、そっと私の手を握ってくれたよね。そして、私と青野君は無言のまま、向き合って……。私と、貴方が、月を背景にして……。



「にゃおーーん」


「えっ。シロ?」



 目が覚めると、そこは、いつもの私の部屋だった。

 すべてを包み込んでくれるようなふかふかな天蓋付きベッド。微かなお香の香り。目の前には愛猫の、シロ。

 私の胸の上にどっかりと鎮座して、私を見つめている。なんだ、夢だったのか。久しぶりに鮮明な夢だったな……。で、私が女子高校生だったころの夢。


「シロ、おはよう」


 目をこすりながらシロを抱き上げて頬ずりする。今年で十歳になるシロは、長毛種の真っ白な猫だ。私の小さいころからの相棒。


「にゃおん」

「はいはい、フードね。ちょっと待ってて」ベッドから降りようとして何気にカレンダーに目を向ける。そこで私ははっとした。


 今日は私の、十六歳の誕生日。


 それは、私がこの世界に転生して、十六年が経つということを意味していた。

 十六歳。それは、奇しくも、私が前の世界で死んでしまった年齢。私はこの世界で、前の世界より先の人生を進む。

 

 それ以上に。

 今日は、特別な日。

 愛する彼と、私の将来への第一歩……。

 


 うっとりしていたら、急にシロが歯をむいて唸りだし、毛を逆立てた。長毛種のシロが毛を逆立てるとハリネズミのようだ。程なくして、部屋のドアがノックされる。


「ユノレア王女、入ってもいいかな」


 愛しの、青野君の声。ううん、今はエメル魔導師だ。声は高校生だったころより大人っぽくなっている。


「どうぞ」


 と、言ってから、私は慌てふためいた。しまった、私、寝起きだった!

「ちょ、やっぱりちょっと待って……!」


 一緒にこの世界に転生した恋人とはいえ、寝起きを見られたくはない!

 隣でシロが、シャーとドアに向かって、威嚇した。

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