第10話 このままじゃダメだ!



「つまり、ボクの出番ってわけだね!」


 そして、同日の夜。いきなり部屋にやって来た紫恵美姉さんは、唐突にそんなことを言った。


「……いや、なんの話だよ」


 俺はそんな紫恵美姉さんに、疲れたような言葉を返す。


「聞いたよ? 黄葉の言う通りにして、酷い目にあったって」


「耳が早いな。誰から聞いたんだよ、それ」


「黄葉。あの子、なんか凄く嬉しそうにボクのところに来て、いろいろ教えてくれたんだ」


「……思うんだけどさ、紫恵美姉さん。一緒に雨でびしょ濡れになったのに、どうしてあいつはあんなに元気なんだ?」


「あの子はそういう子なんだよ」


 そう言われると、それで納得してしまう。確かに黄葉はそういう奴で、そんなあいつと一緒だったから、俺もあんなにはしゃいでしまったのだろう。


「そんなことより、次はボクの番でしょ?」


「だから番って、なんの話だよ?」


「決まってるじゃないか。赤音ちゃんと仲良くなる為の、作戦だよ! ボクもこんな可愛いゾンビ弟を手放したくないから、ゲームしながら必死になって考えたんだよ? だからなずくん、ちゃんと聞いて」


 紫恵美姉さんはそう言って、俺のベッドにドスンと飛び乗る。


「そうか。わざわざ考えてくれたのか、ありがとな。……でも一応確認するけど、蝉の抜け殻は関係ないよな?」


「……なずくん、なに言ってるの? 蝉の抜け殻なんて、関係あるわけないじゃん。というかボクは虫が苦手だから、あんま虫の話はしないで」


「あ、悪い。じゃあもう、黙って聞く」


 背筋を伸ばして、真っ直ぐに紫恵美姉さんを見る。すると紫恵美姉さんはニヤリと笑って、その言葉を口にした。


「題して、プレゼント大作戦!」


「……プレゼントを渡して、ご機嫌取るって作戦か?」


「……! 凄い、なずくん! どうして分かったの? ゾンビパワー?」


「その作戦名を聞けば、誰でも分かるに決まってるだろ。つーか悪いけど、そもそもプレゼントを買う金なんて俺にはないぞ?」


「ふっふー。なずくんは、乙女心が分かってないなー。プレゼントはお金じゃなくて、気持ちだよ?」


「……そうなの?」


 俺は今までの人生で、プレゼントをもらったことも渡したこともないから、いまいちのその辺の機微が分からない。


「まあでも、紫恵美姉さんが言うならそうなのかもな」


「そうそう。好きな人になら、なにをもらっても嬉しい。逆に嫌いな奴なら、なにをもらっても気持ち悪い。つまりは、そういうことなのさ!」


「じゃあダメじゃん」


 既に目も合わせてもらえないくらい嫌われてるのに、そんな俺がプレゼントを渡しても、気持ち悪いって言われるだけだ。


「ちっちっちっ。甘いな、なずくん。ここで今日の黄葉の行動が、活きてくるのさ!」


「……蝉の抜け殻?」


「ちがう! そうじゃなくて、なずくは黄葉と一緒になって赤音ちゃんに嫌がらせしたんでしょ?」


「別に嫌がらせはしてないけど、概ねその通りだな」


「それなら赤音ちゃんは、怒ってる筈だ。なずくんはそんな赤音ちゃんに、なにをすればいい?」


「ほとぼりが冷めるまで、距離を取る」


「はい。ぶっぶー。それ、モテない男のすることね」


 そこでほっぺたを、うにーと引っ張られる。


「……紫恵美姉さん、なんか今日テンション高くない?」


「さっきガチャで、単発で星5が出たんだよ。だからボク、テンション爆上がり」


「なんのことか分からないけど、おめでとう」


「ありがとう。やっぱ弟は、可愛い!」


 また、ぎゅっーとされる。……紫恵美姉さんは胸が大きいから、幸せだ。


「それで話を戻すけどさ、怒らせた相手にはお詫びをするべきなんだよ。たとえ、嫌われていたとしても」


「……あー。つまりあの時のお詫びにって、プレゼントを渡せってこと?」


「正解! いい子はお姉ちゃんが、撫で撫でしてあげる」


 頭をわしゃわしゃと撫でられる。……くすぐったい。


「でも、紫恵美姉さん。結局話は戻るけど、俺はプレゼントなんて買う金はねーぞ?」


「ないなら、作ればいいんだよ」


「お詫びに手作りなんて、それこそ引かれるだろ?」


「ちっちっちっ。甘いな、なずくんは。手作りって言うのは、相手に自分を知ってもらう手段でもあるんだよ。なずくんがこんなに可愛いゾンビだってことを、可愛いプレゼントで赤音ちゃんに教えてあげるのさ」


「……そうすれば、少しはあの辛辣な態度も軟化するかもしれない。……なるほどな」


 そう言われると、悪くないかもしれない。あんまり邪魔なものとか、必死なものは引かれてしまうだろう。でも軽いお菓子とか料理くらいなら、食べてもらえるかもしれない。


「それでさ、ボクも知らないから聞いておきたいんだけど、なずくんってなにか特技とかないの?」


「……あー、ないな」


「なにも?」


「うん。強いて言うなら、水切り」


「……そっか。まあ、うん。人それぞれ、いいところはあるよね」


 なんか、哀れむような目で見られてしまう。


「そんな目で見られるほど、哀れじゃないぞ! 俺も本気を出せば、いろいろできるし!」


「いろいろって?」


「……絵とか、描ける」


「いいじゃん、絵! じゃあ本気出して、赤音ちゃんの為に絵を描こう」


「…………ごめん、嘘ついた。絵、描けない。オレ、ナニモデキナイ」


「ま、まあ気にするなよ、なずくん。ボクもゲーム以外、なんの取り柄もないし」


 あははははっと、2人で笑う。なんか少し、虚しくなってきた。



「ここで、私の出番ですね」



 と。そこで背後から、そんな声が響いた。


「……うおっ! びびったぁー。つーか、いつからいた?」


 背後に視線を向けると、そこには確か……緑さんだったっけ? 柊六姉妹の1番下の女の子の姿があった。


「あ、緑じゃん。やっほ」


「やっほです、紫恵美姉さん。それと、なずなも」


「あ、どうも。……緑さん」


「……緑さんではなく、緑姉さんと呼んでください」


「あ、ごめん。……緑姉さん?」


「はい。緑姉さんです。……ふふっ、緑姉さんです」


 緑……姉さんはなぜかそう繰り返して、よしよしと俺の頭を撫でてくれる。


「それでさ、緑。緑はなにしにここに来たの? あ、ボクと一緒にゲームしたいとか?」


「いえ、そうではありません。せっかく弟ができたのに、あまり会話できていなかったので、少し話をしようと思いまして」


「なるほど。でもなずくんはボクのだから、あげないよ?」


「そうですか。じゃあ偶に、借りることにします」


「……いや、俺はものじゃないんだけど……」


 そう突っ込みを入れるが、人形のように抱きしめられたまま頭を撫でられている現状からして、あまり説得力はないだろう。


「あと、1つ助言を。プレゼントをするなら、まずは相手のことを知るのが1番かと。自分を知ってもらいたいなら、まずは相手を知る。これはコミニュケーションの基本です。……では」


 そこでガサッとした音が背後から響いて、そちらに視線を向ける。


「……え?」


 するとその一瞬で、緑姉さんはこの部屋から姿を消していた。


「なぁ、紫恵美姉さん。緑姉さんって、ワープできたりするの?」


「できるよ。なんせあの子、子供の頃は忍者になる為の修行ばかりしてたからね」


「……ああ、そう」


 もう面倒なので、突っ込まない。


「おっと、忘れてた! 今日はこれから、イベントがあるんだった! ……ごめんね、なずくん。ボクはこれから、やらなきゃいけないことがあるんだ。だからしばらくは、構ってあげられない」


「あー、うん。分かった。アドバイス、参考になった。ありがとな」


「うん! またなんかあったら、頼っていいからね? なんせボクは、お姉ちゃんだから」


 そう言って、紫恵美姉さんは早足に部屋から出て行く。


「……プレゼント、か」


 柊 赤音は、いったいなにをプレゼントしたら喜ぶのだろう? そもそも彼女はいったい、なにが好きなのだろう?


「……ダメだ、なにも分からない」


 必死に頭を悩ませても結局なにも思い浮かばず、気づけばそのまま眠ってしまっていた。



 ◇



 ひいらぎ 赤音あかねは、怒っていた。



 灰宮はいみや なずなが家に来てから、4日。時はあっという間に、過ぎ去っていった。


「……皆んな、分かってない」


 そしてその間、彼は着実に姉妹たちとの親交を深めていった。特に、紫恵美しえみ黄葉こうは。その2人とは、楽しそうに遊びまわっている姿を何度も見かけた。……それこそまるで、本当の兄妹であるかのように。


「それにきっとみどりも、彼に対して悪い感情はもっていない筈……。となると残るは私と橙華とうか姉さんと、青波あおは姉さんだけ」


 自分は元より、誰よりも優しく見える橙華は、そう簡単に他人に心を開いたりしない。それにずっと家を開けている青波もまた、簡単に人を好きになるような人ではない。


 だから結局はあと1ヶ月もしないうちに、なずなはこの家から出て行くことになる。


「…………」


 そう分かっているのに、赤音はどうしてもこの現状を認めたくなかった。……いや、彼女はただ誰より強く自覚していた。



 秘密と、そして……役目について。



「これ以上は見過ごせないわ。これ以上こんな生活を続けていたら、取り返しのつかないことになる」


 だから赤音は、覚悟を決める。これ以上なずなを放置して秘密を知られてしまう前に、どんな手段を使ってでもなずなを追い出すと。



「私は絶対に、認めない」



 そうして、柊 赤音は行動を開始した。


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