告白してないのに振ってきた学校一の美少女と同居することになったんだけど、その姉妹全員が俺の童貞を狙ってくるってどういうことだよ

式崎識也

1章 明けない冬

第1話 始まりです!



「悪いけど、あんたとは付き合えないわ」


 放課後の校舎裏で1通の手紙を読んでいると、射抜くような鋭い目をした赤い髪の美少女が、そんな言葉を吐き捨てた。


「……いや、ごめん。なんの話?」


 俺はその言葉の意味がさっぱり分からなくて、読んでいた手紙を隠すようにポケットにしまい、そう言葉を返す。


「はぁ。面倒くさいパターンね。言っとくけど、振られたあとに実は好きじゃなかったとか言うの、1番かっこ悪いわよ?」


「え、なに? 俺、振られたの?」


「当たり前じゃない。あんたみたいな死人のような目をした男が、私と付き合えるわけないでしょ?」


「ぐふっ。流石に、死人はねーだろ。せめて死んだ魚のような目とか、そんな感じのオブラートに包んでくれ」


「嫌よ。だって私、そういう歯に衣着せたものいい好きじゃないもん」


 少女はそう言って、大きな胸を見せつけるように背筋を伸ばす。


「……って、どこ見てるのよ! 変態!」


「あー。いや、その腕の赤いブレスレット可愛いね」


 青い空に視線を逃して、誤魔化すように適当なことを言う。


「でしょ! これね、実は昔やってたアニメの……じゃない! そんな風に褒めても、あんたと付き合うことなんてあり得ないから!」


「いやまあ、それは別にいいんだけど、そもそも俺は──」


「あー、はいはい。そういうの、かっこ悪いって言ったでしょ? こんな所に呼び出しておいて好きじゃないとか、そんなのあり得ないじゃない。……私が今まで何回、告白されてきたと思ってるのよ」


 その言葉を聞いて、思い出す。そういえばうちの学校には、歩くだけで10人の男に告白されるという、めちゃくちゃモテる女の子がいることを。


「もしかして、お前……いや、貴女がそのひいらぎ 赤音あかね?」


「そうよ。……なに? もしかしてあんた、あたしの名前も知らずに呼び出したの? 男ってほんと、見た目しか見てないわね」


「そりゃ、心が見える人間なんていないからな」


「そういう話をしてるんじゃないわよ。揚げ足ばっかり取る男は、モテないわよ?」


「全く、損な役回りだぜ」


「かっこつけんな!」


 頭を、叩かれる。なんか、漫才をしてるような気分になってきた。


「……って、そうだ。私これから、用事があったんだ」


「奇遇だな。俺も今日はこれから、大事な用事があるんだ」


「そ。なら私は、もう行くわ。……言っとくけど、振られたからって変な噂とか流したら、許さないからね?」


 その少女──柊 赤音は、それだけ言ってこの場から立ち去る。面倒なので、俺はその背を引き止めない。


「……勘違い、なんだろうな」


 柊 赤音の姿が見えなくなってから、さっき隠した手紙をポケットから取り出す。


「ラブレター、だよな」


 無論それは、俺が書いたものではない。


 放課後。今日は大切な用事があるのでさっさと帰ろうと思い、急いで教室を出た。しかし下駄箱を開けると、このラブレターが入れられていた。


 それには差出人の名前は書かれていなかったけど、こっちが恥ずかしくなるような褒め言葉と、灰宮はいみや なずなという俺の名前がしっかりと書かれていた。


 ……そして最後に、返事をしてくれるなら校舎裏に来てくださいと。


「でもあの様子だと、柊 赤音がこれを書いたわけじゃなさそうだな」


 そもそも学校一の美少女が、死人のような目をした俺に惚れるわけがない。


 だからきっと柊 赤音は、俺と同じように誰かに呼び出されて、その相手を俺と勘違いして振った。彼女のあの態度は、そういうことなのだろう。


「いちいち誤解を解くのも面倒だし、そっちはもういいや。……それより時間に余裕もないし、来るならさっさと来て欲しいんだけどな……」


 なんてかっこつけたことを呟くが、胸の中は期待でいっぱいだった。


「……柊 赤音みたいな気が強い女の子より、もっとお淑やかな子が来て欲しいなぁ。黒縁メガネとかかけてたら、最高だなぁ」


 なんてことを呟いてから、1時間。空が赤く染まり出しても、誰かがやって来ることはなかった。


「……あれ? もしかして俺、騙された?」


 しかし、クラスでも浮いているどころか怖がられている俺に、そんなことをする奴がいるとも思えない。


「でもそれを言うなら、死人みたいな俺にラブレターを送る奴がいるとも、思えない」


 自分で言ってて、悲しくなってきた。


「まあ、いいや」


 幸い、痛みには慣れている。こんなの、出会い頭にナイフで胸を刺された程度の痛みだ。今さらその程度で、涙を流す俺じゃない。


「人生は明けない冬だ。つまらないことを気にしても、仕方ない」


 その一言で、無理やり思考を切り替える。……でも一応、そのラブレターを落とさないよう鞄にしまい、代わりに別の手紙を取り出す。


「行くか」


 その手紙に書かれた住所を確認してから、地面を蹴って駆け出す。



「今回は、上手くいくといいな」



 小学生の時、両親を亡くした。ありふれた事故だったけど、俺は今でもその時の光景を覚えている。


 そして俺はそれから、遠い親戚に引き取られた。……けど、こんな死人のような目をした男はどこに行っても歓迎されず、親戚中をたらい回しにされた。


 そんな中、唯一俺に優しくしてくれた変わり者の『先生』がいた。彼女は俺に、色んなことを教えてくれた恩人だった。けどその先生もついこの間、亡くなってしまった。


 両親の遺産はとある事情でほとんど残っていなし、頼れる人も1人もいない。だからもう諦めて、高校を辞めて働こうか。



 そう思っていた時、1人の女性が現れた。



 彼女はとある1つの条件を飲めば、高校を卒業するまでの間、俺の面倒を見てくれると言った。正直かなり怪しいと思ったが、今さら失うものなんてなにもない。



 だから俺は、その話に乗った。そしてこれから、その女性の娘さんたちと顔合わせをすることになっていた。


「……なんとか、15分前についたな」


 大きく息を吐いて、これから必要だろうとその女性に買ってもらったスマホのインカメで、乱れた髪型を整える。


「髪より、目が死んでるな」


 このままだと第一印象が最悪になってしまうので、ネットで少し調べてみる。



 死人みたいな目 直し方



「なんも出てこねぇ」


 死化粧って、なんだよ。こっちはまだ死んでねーんだよ。ネットで調べればなんでも分かると聞いていたが、どうやらそうでもないらしい。


「もういいや」


 無理なものは無理だと諦め、大きな家に備え付けられたチャイムを鳴らす。すると、まるで待ち構えていたように玄関の扉が開いて、1人の少女が姿を現す。


「……え?」


「……は?」


 その少女──柊 赤音と俺は、お互い信じられないものを見たというように、大きく目を見開く。




『私が君の面倒を見る条件は、たった1つ。私の可愛い娘たちと、仲良くすることだ』



 ……ああ。どうやらその条件は、守れそうにないな。



 なんてことを思いながら、俺は大きく息を吐いた。


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