光る宝石
ABC
上―転校生
突然やってきた転校生は、右目に黒い眼帯をしていた。照華(てるか)はそんな彼をまじまじと見つめた。照華はひどく興味をそそられたのだ。彼の名前とその眼帯の奥にどんな瞳があるのかを知りたくなった。
彼の名前は、小川宝(たから)といった。自分の名前はあまりない珍しい名前のように思っていたから、そのような仲間に出会えることが、照華は嬉しかった。「照り輝く華のように」―それが「照華」という名前に込められた思いだった。「宝」という名前にはいったいどんな意味があるのだろう? 先生の話はまだ続いていたが、照華は彼を質問攻めにしたい欲望に駆られてうずうずしていた。先生の話の途中で、用意された机へと向かうために横を通りすぎていった彼からは爽やかな香りがした。香水じゃない、柔軟剤のような香り。
やっと先生の話が終わり、皆で挨拶を済ませると、照華は足早に小川宝の机に向かって、どんと目の前に立つと挨拶をした。
「こんにちは!」
彼は、少し困惑しているような顔をしていた。いきなりこれはまずかったのかもしれない、と思った照華は、謝罪の言葉を挟んだ。
「いきなりごめんね! 私、水島照華! 宜しくね」
「よ、宜しく」
まだ困惑気味の彼に照華自身も戸惑いつつ、そのまま話を続けた。
「照華って呼んで! 宝君って呼んでもいい?」
「う、うん、いいよ」
先ほどからの反応からして、宝君は人と話すのがそれほど得意ではないのかもしれないと照華は思った。いわゆる根暗ってやつ。まだ自己紹介をしたばかりだし、いきなり根掘り葉掘り聞いてはまずいと思った照華は一番聞きたいことをまた今度聞くことにした。そんなに急がなくても時間はたっぷりあるのだから。少しずつ打ち解けあっていけばいいのだ。
あの日からいくらか時間が経った。それでもなお宝君との距離が完全に縮まったような気はしていなかった。そうなれない、何かが宝君にあるような気がした。宝君は照華を完全には受け入れていない。何かが照華を拒否しているのだ。
照華は一人教室に残って、テスト勉強をしていた。勉強は好きだ。だが、過度に負荷をかけてしまうために体のあちこちが痛くなってしまうことが嫌だった。「努力の賜物」だと少し嬉しく思う瞬間もあったが、痛みはさらに勉強しようとする気持ちを削いでくる。痛みばかりに気がいって、集中できなくなってしまうのだ。今も腕が痛い。何だっけ、頸肩腕障害(けいけんわんしょうがい)だっけ。ネットで調べただけでお医者さんに行ったわけではないから、はっきりそうだとは断定できないけれど、つまりは使いすぎ、または酷使したために生じる痛みだということだ。
照華は腕を休ませるついでに気分転換をすることにした。席を立って、三年生の校舎にしかないベランダへと出て、大きく息を吸った。空はオレンジ色に染まっていて、眼下には、校門を出て帰る生徒たちが見えた。自主練をしている生徒はいても、部活自体は休みであるから、学校はいつもより静かであった。照華はそれが好きだった。静かな空間では本当によく集中できるものだ。まあ、今は腕の痛みという問題を抱えているのだが……。
少し休憩をした照華は、気合を入れるためにもう一度大きく息を吸った。つい先ほどまでオレンジ色だった空は暗くなり始めていた。夜が訪れるのは本当に早い。勉強が好きな照華にとって、一日二十四時間は足りないのだ。
ベランダを去ろうとした時、照華は向かいの校舎の窓で、何かが光ったことに気づいた。窓の奥に見える教室は理科室であった。確か、あそこには先生の私物の宝石たちが置かれている。だが、教室は締まっているはずだ。それらのどれかが壁をすり抜けて光るなんてことがあるだろうか……? 照華は真相を知りたくなった。いてもたってもいられなくなり、気付けば、ベランダを去って教室を飛び出していた。今思えば、その時、何か刺激が欲しかったのかもしれない。いくら勉強が好きでも、単調なことを続けていると、退屈になってしまうから。三階分を一気に駆け下りて、向かいの校舎へと急ぎ、再び三階分を駆け上がったことは想像以上に照華の体力を奪った。息を整えながら、照華は理科室へと向かった。空は先ほどよりも暗くなっていたが、廊下の蛍光灯はまだ点いていなかった。少し暗い廊下に、少しの恐怖を覚えながらも歩いていると、そこには見知った顔があった。
「宝君!?」
「うわぁっ!?」
薄暗い廊下で、宝君は尻もちをついてしまった。照華にはそんなつもりは全く無かったので、結果的に宝君を驚かせてしまったことに心が痛んだ。
「ごめんね! 大丈夫!?」
ふと見ると、宝君の右手には名札のついた鍵が握られていた。それには理科室と書かれていた。
「う、うん、大丈夫。ありがとう」
そう言うと、宝君は照華が差し出していた左手をとって、立ち上がった。
「宝君がここにいるなんて、びっくりしたよ! ここで何してるの?」
「百瀬(ももせ)先生の宝石が見たくて……。先生に言ったら、許可をくれたんだ」
百瀬先生というのは、理科の先生のことだ。女性の先生で、本物の宝石を集めることが好きな先生だ。家に飾っておくだけではもったいないと、生徒が見られるように持ってきてくれたのだ。それらは、高価そうなガラスケースに入れられていて、盗まれないように鍵がかけられていた。最初はすぐに持って帰るつもりだったらしいのだが、いつでも誰でも見られるように、理科室の隅にある机の上に置いてくれたのだった。照華も一度、友達と見に来たことがあった。ガラスケースに並べられているたくさんの宝石は多種多様で、眩しいくらいきらきらと光っていた。
「水島さんは……?」
ためらいがちに聞く宝君に照華は答えた。
「私ね、教室で勉強してたんだけど、疲れたからベランダで休憩してて、それで勉強再開しようって時に、こっちで何か光ったのが見えて。気になって仕方がなかったからやってきたんだ!」
それを聞いて、宝君が僅かに身を震わせたのを照華は見逃さなかった。先ほどの尻もちといい、今の反応といい、照華はやはり宝君には何か秘密があるのだと思った。何か精神的な秘密、もしくは身体的な秘密―眼帯の奥にある瞳の秘密とか。そして何より、照華が声をかけた時、宝君がこちらに向いたその一瞬で眼帯を耳に付け直していたところを照華は目撃していたのだった。
「ねぇ、宝君。聞きたいことがあるんだけれど、良い?」
「な、何?」
「私に声をかけられた時、どうして尻もちをつくくらい驚いたの?」
「そ、それは薄暗い廊下で、急に声をかけられたからで……」
「でもさ、階段を上ってくる音とか、廊下を歩く音で気づかなかったの?」
「それは、」
「それに、どうして私がここに来た理由を言ったときに、ビクッて身を震わせたの?」
「ふ、震わせてないよ」
「嘘。今だって動揺しているじゃん」
「し、してな」
「宝君が眼帯を付け直していたの、気付いたよ。一瞬だったけれど」
「っ!!」
宝君のその反応は図星であると言っているようなものだった。会話は尋問のようだった。だけど、やっと、真実にたどり着いたような気がした。
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